雨郡華―②

 夏に開催されるコンクールの予選まで、あと二週間を切った。今日は、市内のホールを借りての本番に近い練習。今年は、そこが予選会場でもあった。

 いつもの狭い音楽室と比較すれば、音響設備も広さも何もかもが理想通り。かといって毎日借りて練習なんてできないから、一回一回がとても大事になる。

 なのに。


「華ちゃん、雨女でしょ」


 ホールの廊下で楽器の準備をしていると、隣で準備していた先輩に声をかけられた。クラリネットとよく間違えられるオーボエパートの先輩。今の部長でもあった。


「な、なんでですか?」


 あたしはあまりに急なことで動揺する。先輩はニヤリと笑った。


「ほら、今日も雨」


 たしかに雨。だから?


「雨郡だから、ハハハ」


 先輩は今度は声をあげて笑った。あたしは別に気にしないけど、人によってはイジメだと捉えられるぞ……。

 でも、たしかにあたしにとって大事な日はいつも雨が降っている。入学式に卒業式、コンクールに文化祭。もしかしてあたし、雨女?


「うちさ、雨嫌いなんだよね。ほら、オーボエって雨の影響受けやすいの」


 オーボエも、湿気には左右される。サックスやクラリネットよりも影響は大きいかもしれない。


「華ぁー!」


 先輩が楽器を持ってホールに入っていったのと入れ替わるように、後ろから元気な声が飛んできた。


「ね、ね、聞いた? 遥先輩、陸上辞めるらしいよ?」


 その声の正体は朱莉あかり。同じサックスパートで、小学校からの大親友。


「え! なんで! どこから聞いたのそれ!」


 あたしも思わず叫ぶ。周囲の注意があたしたち二人に向けられる。恥ずかしくなって人差し指を唇の前で立てた。


「詳しいことは知らないんだけどさ、彼氏から聞いたんだよね」


 朱莉は彼女なりにボリュームを落として答えた。それでも十分大きいが。

 彼氏、というのは二つ上の先輩で、海堂中だったらしいが名前は教えてくれない。遥先輩も同じく二つ上の先輩。陸上部で、何より走っている姿がかっこいい。運動のできないあたしたちの憧れの的だった。


「それ、本当? あたし、遥先輩が陸上辞めるなんて考えられないんだけど」


 遥先輩は中学時代から市内ではトップクラスだったし、県内でもそれなりの結果を残していた。オリンピック、は言い過ぎかもしれないが可能性がないわけではない。まぁ、あたしたち素人目での評価ではあるが。


「そうだよねー。彼氏も別に遥先輩と仲良いわけじゃないし」


「ほら、そこ二人、基礎合奏やるよ」


 気が付けば廊下に残っているのはあたしたち二人だけになっていた。あたしたちは揃って元気よく返事をして、楽器を抱え早歩きでホールへと向かった。

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