雨霧保―②
「あー、早く、一発ドカンと当たんねぇかな……」
俺はぼんやりと呟く。なんだか犬の吠える声が聞こえ……
ふと我に返ると、ユキが前方を歩いていた老人に向かってキャンキャンと吠えていた。
「あっ、すみません! だ、大丈夫ですか?」
綺麗な白髪のお爺さん。天候に関わらず毎朝散歩をしているので、会話こそしたことがなかったが顔見知りではあった。
「大丈夫大丈夫。お気になさらず」
老人は穏やかな笑みで答えた。いい人でよかったと胸をなでおろす。
「ところで、何をされているんですか?」
嫌なことを聞かれた。たしかに毎日の朝夕に犬を連れて青年が散歩をしていれば、不思議に思う人がいてもおかしくはない。この辺りには大学や専門学校もないし。
「え、えっと漫画の方を……」
「そうですか。私はあまりその
さらに嫌なことを聞かれた。正直に答えるべきじゃなかったな。
「え、えっと、まだそんなに……」
俺は再び語尾を曖昧にして答える。老人は相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「そうですか。聞いた話によると、なかなか狭き門のようですから、時には立ち止まって進路について考えてみてくださいね」
説教か? こんな雨の中? 俺はこの手の老人が嫌いだ。
「そ、そういうあんたは何やってたんだよ」
俺は少し語気を強めて言ってやった。
「私ですか? 私はしがない中学教員でした」
「こ、公務員様に俺の苦労なんて分かるもんか」
そう言うとユキを抱えてその場を立ち去る。別に公務員に恨みがあるわけでもないし、羨ましいとかそんな感情もない。でもこれ以上この老人との会話を続けたくなかった。
やっぱりこんな雨の中散歩なんてするもんじゃない。ろくなことがない。
「クソジジイ……」
老人に背を向け、聞こえないように呟く。
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