第3話 可能性
先頭にリル、真ん中にエルク、最後尾にヴァルクの並びで白い砂の上に轍を刻んでいく。風が砂を巻き上げ三歩前に刻んだ轍はもうない。自分たちが進んでいることを証明できるのは自分の疲労のみだった。
「そういえば、僕が言うのもなんですけどふたりはなんでこんなところに来たんですか?」エルクが口を開いた。
「僕たちは、調査をしに来たのさ。この”白”に汚染された大地とその謎をね。君が目を覚ましたこの大地は5年ほど前、つまり比較的最近汚染されてね。僕たちの組織の基準では危険度3簡単に言うと人が住むことができず放置すると人類を脅かす程度の場所なわけだよ。」
そうヴァルクが口にした次の瞬間、エルクはさっきの恐怖を思い出し体が硬直した。後ろからそれを見ていたヴァルクはエルクの異変に気付き、その次にリルが異変に気付いた。
前方の砂が盛り上がり10mほど前に先の狼のような獣が三体這い出てきた。
「やばいです!逃げましょう!」
動揺を隠せないエルクとは裏腹に二人は落ち着いていた。
「大丈夫。僕はそこそこ強いし、リルは僕たちの組織で一番強いんだ。」
そういうとヴァルクは腰から脇差ほどの長さの剣を抜き、リルは猫がジャンプする前のように体を丸めた。太ももが膨張し筋肉がぎちぎちという音を立てる。
「私が奥。ヴァルは手前だ。」
そうリルが言葉を放ち、ヴァルクがうなずいた瞬間リルが地面をを蹴り上げる。砂が舞い上がりエルクは目を閉じた。
目を開けるとマントが肩から外れたリルの両腕が奥の二人の獣を貫いている。さっきまで目の前にいたはずのリルが瞬きの瞬間に10m奥の獣を殺していた。残された先頭の獣が後ろを振り返り怯えリルを威嚇する。その隙をヴァルクは見逃さなかった。リルに貫かれた獣が砕け散る少し前にヴァルクの刀が獣の喉元を割いた。
「すごい…」エルクは感情を言葉に出さずにはいられなかった。恐怖よりもあこがれや羨望が勝り興奮していた。エルクの白に黄色やピンクが混ざってゆく。一度混ざったインクは抽出できない。
「ほんとにすごいです二人とも!僕も2人みたいに強くなれますか??」
「そんな大したことじゃない。エルクもこれくらいすぐにできるようになる。」
リルが少し照れ臭そうにマントを拾いながら言った。
「そんなことよりすごいのはエルクの方さ!さっき異変が起きたことに僕たち二人よりも早く気が付いてたよね?」ヴァルクの方が興奮して近づいてきたのでエルクは一瞬引いてしまった。新しいおもちゃを買い与えられた子供のようにヴァルクの瞳は輝いていた。
「そうなのか?エルク?」リルが尋ねた。
「はい。なんか嫌な感じがして、懐かしいんだけど戻りたくない。そんな感覚がしました。」
首を傾げるリルとは対極にヴァルクは笑顔でうなずいている。
「うんうん!つまりエルクはレーダーの役割をはたしているかもしれない。今までも感染した動物同士は引き付けあう習性があるという論文をプッチ博士が出していた。その論文にエビデンスが生まれたわけだ。人の形と自我を保ったままのエルクがいてくれたら新しい謎に迫れるかもしれない!この菌は有機物から有機物への感染は目撃されていないし、新しい謎についてかんがえるより解決できる問題を解決していった方がずっと有意義だ。」
ヴァルクはそう早口でしゃべった後も一人でなにかつぶやいている。
「すまないな。こいつは楽しくなっちゃうといつもこうなんだ。」
リルが間に入ってくれてようやくヴァルクの連打が収まった。
「つまり君のおかげで大きな進展があるかもしれないってこと!僕の目がそう言ってるから間違いない!」
エルクはさっきすごいところをみせられたばかりのヴァルクに褒められてなんだかうれしかったが同時に不安もあった
「でも僕は自分のことは何もわからないんだ。どうしたらいいかわからないよ」
「それについては大丈夫!偶然にもこんなものがあるんだ。」
そういってヴァルクはおもむろに自分のポーチを探っている。
「あった!この短剣を貸してあげよう!これは白に汚染されたはずの短剣なんだけどね名工が打ったおかげが以前より良くなっているんだ。これとこのあたりに居る魔物を使って君に特訓してもらう。」
自分を知りたい。そして何よりも2人のように強くなりたい。そう願ったエルクはうなずいた。
「よかったじゃないかエルク、特訓をしてもらえれば君の不思議な力も何かわかるかもしれないしね」リルは安心したように言った
「何を他人事のように言ってるんだい?エルクを特訓するのは君だよリル。」
「えぇ…!」
リルの突拍子もない様な声がこだまする。エルクはさっきまでとてもりりしかったリルの発した声に対して驚きよりも笑いが勝ち吹き出してしまった。
「何を驚いているんだい?僕はエルクに力を発揮してもらえる様にこのあたりを調査してこなければいけない。そんな繊細でナイーブなことは君にはできないだろう?この場所には僕とリルとエルク。君がエルクを鍛えるのは当然じゃないか。」
ヴァルクの言葉にリルは焦りだす。
「私は誰かを鍛えたことはないし感覚派だ、それにあいつのことだって…」リルの言葉を遮り「それはもう過去の話だろ。ま、なにはともあれ時は金なりってね!じゃ一週間後にここから南西の洞穴で会おう!!」
「お、おい!」
しかしリルの声はもうすでに小さくなってしまったヴァルクの背中には届かなかった。来た時のスピードは何だったのかと思わせるくらいに猛スピードでヴァルクは走り去る。
「はぁ…」
リルはため息を吐くと両手で頬を叩いた。
「こうなったらやるしかないか…。組織で一番強くかつ感覚派の私の特訓、君はついいてこれるかい?少しでも音を上げたらすぐに中断するからね」
そういったリルの声は決心とやさしさが混ざったような声をしておりとても暖かかった。
「やります!僕にやらせてください!」
自信のなかったエルクだがリルの優しい声とヴァルクの期待に引っ張られて決意を叫び、自身の声の残響によって背中を押されることになった。
こうして一週間のエルクとリルの特訓が始まった。
星と罰 いけだ・ねお・らいおん @randint
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