79,最後の選択
「――さあ、ここまでです………」
それは鬱蒼とした森を数時間、二人は木の枝の上を伝って進んでいた。
辺りは星明りも無い真暗闇――
この森はまさしく、一寸先は闇、という言葉を体現していた。
俺たちはもう逃走しているような状態、位置が知られてしまうため明かりも焚けない。
この森の中休憩を挟みつつも、ここまで効率よく進めていたのはミーニャのおかげだった。
フィアルも後ろから何とか付いて来ていた。
日の出が近くなり、森全体が明るくなってきている。
そんな時だった。
ミーニャが冒頭の発言をしたのは………
「――え?なに?突然……」
ここ三時間ほどは、三人ともずっと黙っていたというのに、突然のミーニャの発言に思わず俺は聞いてしまう。
色々聞きたいことがあったのに、その空気のせいで俺も黙ってずっとミーニャに抱えられていた程だ。
「トピア様、失礼しますね」
ミーニャは恭しくそう言うと、俺を森の木々の空いている隙間の地面に座らせた。
見るとミーニャの腕は俺の服に着いた血で、全体が茶色く染まっていた。
数時間も経って、血が酸化したり乾いたりしてしまったのだろう。
ミーニャの腕のモフモフな毛並みは見る影もなかった。
俺を地面に置くと、ミーニャは俺にも分かるように説明し始めた。
「私たち二人は契約を交わしました。トピア様をあの女から救出し安全を確保するまでは、互いに協力しあうと」
俺も後ろからついてきたフィアルも、ただ黙ってその言葉を聞いていた。
「そして、ここまで木々の密度が薄くなっていれば、森の出口はもうすぐです。あの王国軍も全ての森の出口を見張ることは不可能です。契約は完全に履行されたと言っていいでしょう」
ミーニャは続ける。
「そして最後に、私たち二人はトピア様にこう聞くことにしました」
その言葉の続きは聞くべきでないと、俺の直感が言っている。
しかし、ミーニャは無慈悲にも、遠慮なく言葉を続けた。
「――トピア様………私か、この女どちらか選んでください………」
「それはどういう意味………?」
そう聞く以外、選択肢は無かった。
「簡単な事です。この先トピア様は、私かそこの女、どちらに付いて、一緒に生きていくか選んでください。あなたに選ばれなかった方は、ここから去ります。」
俺は訳が分からず、後ろに居るフィアルの顔を見た。
彼女は居心地が悪そうに俯いている。
一瞬目があったが、また目をそらすように、地面を向き始めた。
数時間前までは蛮勇の如き勇ましさだというのに今は何故か、しおらしくなってしまっている。
俺はミーニャに視線を戻し彼女を問いただした
「意味が分からない!」
俺はあまりの納得のいかなさに、呆れ半分、怒り半分でミーニャに問いかけた。
「どちらかなんて選べるわけない!そもそも選ぶ必要なんかないでしょ!?三人で一緒に居ればいいでしょ!?」
しかし、ミーニャは主張を変えない。
「いいえ、トピア様、これはもう契約によって決まった事なんです。私と彼女はこれに同意しています。」
「じゃあ僕はそれに同意してない……!!」
「……これは、私と彼女の同意です、トピア様は関係ありません。私たちは、ただトピア様にどちらが一緒に居たいか、決めてほしいだけです」
苦し紛れに言葉を羅列する。だが通用しないことはもう分かっていた。
何とか自分の中で時間を作ろうとしたのかもしれない。
そして、無駄とは知りつつも、また言葉を何とか繕う。
「なんで…………なんでそんな二人で競いあうの!?なんで三人では居られないの……!?」
「トピア様、私とこの女はもう一緒に居ることはできないんです!二人ともあなたを独占したい、そう言いあって、押し問答状態なんです。だからもうどうしようもできないんです!!」
「そんなことで………!!」
実際俺の感想は、間違っていない。
互いに譲歩しあえば、そんな結論になるはずが無かろう。
しかし、俺の時間稼ぎに嫌気がさしたのか、ミーニャは最悪の決断方法を提示した。
「トピア様がそんなに自分で決めない。選択を渋るのでしたら………
じゃあ、こうしましょう。私と彼女………この場で、どちらか息絶えるまで殺し合いましょう」
「やめてよ!!!」
俺は即答していた。
そんなことが何も生み出さないと、ミーニャも分かっているはずだ。
その上で提案してきたという事は、彼女は…………
「それが嫌でしたら、トピア様は選ぶしかありません………
――簡単な事です。あなたがどちらと一緒に居て幸せなのか………迫りくる災いからあなたを守れるのはどちらなのか…………単純に、どちらがよりあなたの役に立つかで選べばいいんですよ…………」
その言葉は俺の心を蝕んでいくような気がしていた。
「――わたしは!!!」
突然後ろに居るフィアルが大声を出した。
フィアルの方を見ると、彼女もこちらの目を見つめながら、
「――私は!!……ただ、あなたの傍に居させてほしい………ただ、それだけ………
……今までもずっと一緒に居たけど、もう離れたくないの!!
その手足を見た時は、少し驚いたけどそんなのもう関係ない!!私、あなたのために何でもする!!私……!私の全て尽くすから!!
私!変わるから!!私…!……あなたが私の事どう思ってくれてもいい!愛してなんて言わないから!だから……!!!」
彼女の目は、もう大粒の涙でいっぱいだった。
自身の涙で、溺れてしまいそうなほど、地面に零れ落ちていた。
「あなたが、居なくなったら、私………なにを支えに、この先、生きていけば、いいか、分から、ないの………だから、お願い!!
…………………でも………これは、私の…我儘なのかな………?」
フィアルはそう言いきると、今度はミーニャの番だった。
ミーニャが俺の座っている高さに目線を合わせ、俺の肩を持ちながら聞いてきた。
「トピア様、よく考えてください………人間より丈夫な獣人の私なら、あなたを絶対に守り切れます!!こんなふうに森の中に居てもこの耳と鼻があれば問題なく出られます。あと、何もない所でも食材調達や料理もできます。もうあなたが嫌がることは、これから絶対しません!なんでも言ってくだされば、その通りにします。あと、お金も持ってるので、この先の生活に困ることもありません!!えっと…!えっと、あと!あと!………あ…!」
それ以上は思いつかないのか、ミーニャは説得の方向を変えた。
「それにあの女は、自身の私的な目的のために、あなたの命を危険にさらしたんです!あなたのためとか言って、結局あなた自身の事は何も考えていません!あなたの傍に居たいというのも、結局あなたのためじゃなくて彼女自身の為なんですよ!!」
そして、最後にミーニャは俺に向かって、いつもの諭すような口調で問いかけた。
「…………もうここまで言えば考えずともお判りでしょう?さあ、トピア様、選んでください。でも最初から迷う必要なんて全く無かったんですよ………トピア様なら、安全なところで安心して暮らしていけますよ……」
俺は答える前に最後、ミーニャに聞いた。
「もうどちらかしか選べないんだよね……?」
どうせこれ以上抗議しても、何も聞き入れてくれないのだろう。
ミーニャは全身に力を入れて、こちらに擦り寄って言った。
「はい、そうです……!」
俺はフィアルを、一瞬見た。
彼女は泣き崩れ、蹲った状態で頭の角を両手で力強く抑えていた
その様子を見て胸が苦しくなる。でも――
「――どちらかしか、選ぶしかないというなら。俺は…………」
――あれ…?
俺はいつから口に出す一人称も『俺』になっているのだろう。
今はそんなことを考える時間ではないというのに、ふと気になってしまった。
俺は、あの時から、
前世の記憶を思い出して、自信を持って生きていこうと決めてから、今の今まで、有言実行できただろうか。
いやそれは考えるまでもない。
――否だ。
俺はこの世界でも結局、何もできなくて、誰かに頼らないと生きてこれなかった。
自尊心は打ち砕かれ、自我は崩壊しかけ、自殺すら再び考えるくらいに……
そんな人間が自信を持って生きてこれたなんて、冗談でも言えるわけが無かった。
でも、だからこそ。
今だけは、今だけは、もう後悔の無いようにしたかった。
ミーニャは、初めて会った時からずっと、俺の事を献身的に尽くしてきてくれた。
命を何回も救われた。俺に仕事を与えてくれて、生きる意味を与えてくれた。
屋敷からの脱出だって、夜の暗闇の中この森を抜けるのだって、ミーニャの身体能力が無ければ無理だったかもしれない。
そう、ミーニャは何でもこなせて、強いのだ。
フィアルも、俺の事をずっと気にかけてくれていて、俺のために行動してくれていたのだろう。
でも、屋敷での救出時はいまいち活躍できていなかった。
メイとの戦闘も屋敷からの脱出もミーニャを頼っていたし、何より――
――俺はあのボロの小屋の外での、小川近くの出来事を思い出す。
そう、フィアルはミーニャと比べてしまうと、肉体的にも身体的にも、どうしたって弱い部分が目立ってしまう。
――どちらかしか選べないのであれば、――答えはもう決まっている。
だから俺は、確固たる信念を持ってそれを言った。
「――俺は――■■■■を選ぶよ…………」
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