68,異常

 


 ――そして、時刻は回り、辺りが暗くなってからそれなりに時間が経った。



 夜の食事を取らなかったせいでお腹はすいたが、やはり例の眠くなる現象は起こらない。

 原因は不明でも、仕組みが分かれば一時的な対処は可能だ。


 時計があるわけではないので、現在の時刻が正確に分かるわけではない。

 しかし、基本的にこの世界の住人は早寝早起き、お日様と一緒に活動する。

 だからそろそろだ。こっそりと行動を始めるのにはちょうどいい時間帯のはずだ。



 俺は服を着替え、部屋から通路に繋がる扉に少しばかりの隙間を作る。

 そこから、部屋の外の様子を探る。


 メイはおそらくもう眠っているだろう。だがこの屋敷には彼女以外にもメイドという使用人がいる。

 見つかったら間違いなく厄介なことになるのは目に見えている。この屋敷の主は当たり前だが、屋敷のメイドにも見つかるわけにはいかないのだ。


 窓から降りることも考えたが、この屋敷は天井が高いせいか二階からでもかなりの高さだ。

 ロープなどの道具が身近にあるわけでもなく、飛び降りるのも怪我をして動けなくなる可能性を考慮して断念した。


 …周囲に人影も気配もない。

 屋敷の廊下には、ぽつぽつと灯りが配置されているので、何かが動いていれば影ですぐに分かる。

 でもそれは、自分の動きも周りに分かりやすいという事で、そこは気を付けなければならない。


 といっても外へ通じる順路はほぼ真っ直ぐなので、時間をかけて慎重に行くよりも駆け抜けた方が見つかる危険が少なかった。




 …とここまで思索はしたものの、結局危うい状況に陥ることもなく建物を抜け出せた。

 屋敷は誰一人いないかのような静寂に包まれていて、むしろ不気味なくらいだ。

 おそらく、夜は全員寝ているのだろうか。

 俺にとっては重畳なことだが、それは屋敷の警備がおざなりとも言えるので、その辺は如何なものか。



 ともかくやはり、何もかもがうまくいく。今の俺はとにかく運が付いている。


 屋外に出た俺は、そのまま真っ直ぐに、音を出すのは控えめに走り出した。

 ここまでくれば闇夜が俺の存在を隠してくれる。

 俺自身も周囲の景色は見えないが、門までは玄関をくぐり抜けて真っ直ぐ行けば辿り付く。



 真っ直ぐで走っているとはいえ、門まではそこそこの距離がある。

 その間の時間、俺はあれこれとこれからの事を考える。


 今日はあくまで様子見だ。

 あの門を越えることができるのか、フィアルたちがそこに居るのか、それらを確かめるために門まで赴くだけだ。

 それでも念のため、そのまま外に出ても問題ない格好で抜け出してきた。



 ――やがて、正面に件の門が突然現れた。

 まだ暗闇に目が慣れていないことと、やはり夜が暗すぎることで本当に目の前に来ないと物体があることすら認知できない。


 こんなに暗い事は分かっていたはずなのに、灯りになるものをもってくればよかった。いや、でもそれだと目立ちすぎるためできない。


 俺は手探りで門を探っていると、それはすぐに気が付いた。



 ――開いているのだ。門が……



 ちょうど、人が一人通れるだけの隙間が、両開きの門の間に空いていた。

 これも俺の運が………じゃなくてこれはフィアルたちの仕業だろう。



 服が少々引っかかったが、それ以外は問題なくすり抜けられた。


 屋敷の反対側に門から数歩離れて周囲を見渡す。



 ――辺りに漂うのは、ただただ闇……

 こんなに暗いのでは何も見えず……



「――フィアル?いるの?」


 かすれ声で、その名を呼ぶ。



 …しかし、返ってくるのは静寂のみ――


「――それともミーニャ?とにかくそこにいるんでしょ?」




 ……やはり何も返ってこない――




 ――これは何かおかしい。



 これはいったいどういうことなのだろうか。


 それはここに居たフィアルたちに、おそらく何かが起こったのだ。

 でなければ、メモの書いてあった通りにここに居ないなんて――






「……トピア?」




 ――その声は左右からでも正面からでもなく、どういう訳か後ろから声がした。



 自分の事が呼ばれたという事は分かる。

 初めは俺の呼びかけに答えてくれたのかと思った。


 でも……、だというのに俺はその声を聞いた瞬間、寒気がした。

 間違いなく俺の周りだけの気温が急激に下がっている。


 フィアルもミーニャも俺をそんな呼び方をしたことは無い。


 ミーニャはなぜかずっと“様付け”で呼ぶし、フィアルは“アル”と呼ぶ。



 そんな呼び方をするのは、俺が知る限り一人しかしない。


 そして、後ろから声がしたという事は………



 俺はゆっくりと……、ゆっくりと声のした方向に振り返った。




 ――そこには、門に体の大部分を隠し、そこから覗き込むように顔だけを出す彼女が居た。

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