66,探し物

 


 ――何はともあれ紆余曲折はあったが、何とか自分一人の空間を作ることができた。



 何故そもそも俺が一人になりたかったのか。

 それは、一つ思い出したことがあって、それについて落ち着いて考えたかったからだ。



 フィアルと最後に俺に話した内容、『私はあなたを絶対裏切ったりしないから――』という言葉、

 その覚悟を持って様な目で言われた言葉を信じるならば、メイが言っていたフィアルたちが勝手に出て行ったというのは矛盾が生じている気がする。


 具体的に言葉にするのは難しいが、それでも裏切ったりしないと俺に言った者が、何も告げずに目の前から姿を消すことがあるのだろうか。

 だから俺は、これもメイが何か仕組んだことなのではないかと疑っていた。


 もしフィアルがそう言ったのにも拘らず、本当に裏切っているのだとしたら俺は……

 いや、前向きに考えるとしよう。憶測で考えても何もいいことは無い。


 メイがフィアルたちについて、何かを仕組んだという疑念が生まれた。

 ただ、だからと言って、何がどうこうできるような話ではなかった。


 別に何か証拠があるわけでもないし、俺がこれからどう行動すればいいのかも分からない。



 メイとの約束、俺が屋敷から出ないようにする約束。

 それを反故にしようとしていた理由付けである、昨日の食堂での“何もしない”という約束も俺の勘違いであるという事が発覚した。

 他に、屋敷の外に出るという行為を合理化できるような物が無くなってしまった。


 とりあえずこのことは後で考えることにして、すこし整理してみよう。



 まずフィアルが居なくなったとされる可能性は三つ


 一つ目。フィアルがただ単に俺に愛想を尽かせて、俺から離れて行った。

 そうだとしたら、もう俺はどうしようもないが、その可能性は低いと考えたい。


 二つ目。メイがフィアルたちの意志に反して、無理やり屋敷から退去させた。

 だとしたらファイルたちが、何処に行ったのかも分からない状態なので俺はやはりどうしようもない。


 三つ目。フィアルは実は裏切ってなんかおらず俺にも告げなかったが、何か意図を持ってあえて屋敷を後にした。

 その行動の理由は思いつかない。


 …思いつくのはこれくらいだろうか。


 俺が今行動できるとしたら可能性を探ることだ。



 一先ず、屋敷に居てもやることが無い俺は、フィアルたちが居た部屋に向かうことにした。

 もしかしたら、あの部屋に何かしらの手掛かりを残しているかもしれない。


 いや、その前に寝汗をかいた体を清潔にしておきたい。

 だからこの屋敷にある例の水浴び場に向かった。



 ――屋敷の二階の廊下を通る途中、気になる扉を見つけた。

 確かここは……メイの寝室であったはずだ。

 扉の前に木の札に墨のようなもので『改装中につきこの部屋の入室禁止』と乱雑に文字が書かれてある。

 ここでも、文字を習っておいた効果が表れるとは……


 いや、別にそれはいい。

 それより気になるのは両開きの扉の両方の取っ手が、ロープで固められていることだ。

 もうロープを切るか扉でも壊さない限りは、この部屋の侵入は不可能に近かった。


 改装中というのであっても、札にある入室禁止というのはおかしいし、そもそもこれでは誰も部屋に入れないではないか。

 ここがメイの寝室だという事を鑑みるに、彼女はどこの部屋で寝泊まりをしているのだろうか。


 気になるが、俺にはどうにもできない。こんなことに時間を取られていないで、さっさと目的の場所に行こう。





 ――その後、別に特に何事もなく、浴室に辿り付いた俺は普通に体を洗ってすっきりした。


 あの浴室のような場所も前来た時と何ら変わりは無い。

 唯一の不満は着ているものの替えが無いので、下着を含めてそのまま着直さねばならなかったことだ。


 それでも汗は流せたし、冷水を浴びたことで眠気も完全に冷めた。

 急いでいるわけでもないので、これくらいの寄り道ならむしろするべきだろう。


 あと服を脱いだ時に気が付いた事なのだが、フィアルにざっくり切られた腹の傷は完全に癒えていた。

 あの斬撃は体の内部までにも食い込んだ。


 でも、少なくとも体の表面を見る限り傷跡も残ってもいない。

 そして、今まで傷を負っていた事を忘れていたくらいには、痛みも感じない。

 やはり、フィアルがくれた薬がかなり効いたみたいだ。

 彼女には感謝しなければ…




 来る途中にも色々あったが、ようやく目的の部屋にたどり着いた。

 元より何か手掛かりが掴めるかなど、期待をしているわけではない。

 でも、このまま屋敷でのうのうと過ごすのは俺にはちょっとできない。



 ――朝の時とは違って、堂々と扉を開けて中に入った。


 相変わらず、ベッドが二つと部屋の隅に小さな丸椅子の他には、何も家具がない殺風景な部屋だった。

 昨日まで居たフィアルもミーニャもいないので余計に部屋が寂しく感じる。

 でも俺が部屋に入って真っ先に目に入ったのは、そんなものではなかった。



 ――あった。


 俺が今まで来ていたあの白い服が……

 二つのベッドの内、フィアルがいた方のベッドの掛け布団の上に悠然と居座っている。


 はて、そんな分かりやすい場所に服が置いてあるなら、朝に部屋を覗いたときに普通は気づくと思うのだが…

 単純にもともとそこにあっただけで、掛け布団の色に対して保護色だったから俺が見逃していただけか?


 そもそも何故こんなところにあるのか分からないが、とりあえず後で部屋に持ち帰ろう。



 ――そしてただでさえ何もない部屋なので、探す個所はほとんど無い。


 どうやら俺の予想は的中したようだ。やはり、行動を起こして大正解だった。

 あったんだ。俺の探し求めていたものが、

 フィアル側のベッドに――




 ――それはベッドの枕元にあった、一切れの紙のメモだった。

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