65,知りたいこと

 


 ――俺はベッドの上で胡坐をかいて座っている。



 そしてその横の椅子にメイが当たり前のように座っている。



「…部屋から出て行ってほしいんだけど…」


「何で?」


 俺は自分の寝室でゆっくり考え事をしたかった。であるのに他に人が居るのでは、余計な雑念が入ってしまう。

 体の事もあるが、それよりも一つ思い出したことがあるからだ。


 にも拘わらず、メイのその返事からは俺の望みがそう簡単には叶わない事が窺えた。



「何でって…さっきは素直に出て行ってくれたじゃん」


「今部屋から出て行かせる理由が、あたしには分からないだけ、だから教えて?」


 俺は逆に何でメイがこの部屋に居る必要があるのかを知りたい。

 でも、この屋敷に居る以上、余計なことは言わず素直に彼女に従った方が得策だと考えた。



「……考えたいことがあるけど、傍にメイが居ると落ち着かないから…」


 俺の今の発言は嘘ではない。だからあの発作が起こることも無い。

 理屈は未だよく分からないが、発作の起こる条件さえ知っていれば怯えることもない。



「ふーん、それだったら問題ないわ、あたしが傍にいるのが当たり前になれば、そんなこと無くなるから」


 それはどういう意味だ?

 そんなのもうどうでもいい。何でもいいから一人になりたいんだが…



「メイは貴族なんでしょ?だったら他にやらないといけないことがあるでしょ?」


 何とかして言葉をひねり出すも、彼女は事前に準備していたかのように言葉を躱す。


「ここは王都からかなり離れてるから、面倒事はそうそう起こらないし、起こったとしてもあたしなんかが赴かなくても何とかなるわ。あと他にすることがあっても、別の人に全部任せてあるから」



 その発言に聞きなれない単語があった。相変わらず俺はこの世界の基本的な知識が欠けているようだ。

 どうせなら、怪しまれない程度に今までの分からなかった事を色々聞き出してみようと思った。


「そういえば、変な初老くらいの男の人に屋敷から追い出されたんだけど、あれは何だったの?」


「追い出された?……まあそれはあたしのお父様ね、本当にごめんなさい。あれはたぶん何かの手違いだったのよ。もう二度とそんな事は無いから安心して」


 うーん、確かにあの時の俺は寝そべっていて、態度が悪かったかもしれない。

 だがそれでも何かの手違いで、あそこまで一方的に外に追い出されることがあるのか?

 とりあえず、知りたいことは分かったし詮索は後だ。



「あと、リデルだっけ?あのメイド長はどこにいるの?他にも屋敷内にメイドがほとんどいなくなってたけど……」


「ああ、彼女ならきっとお父様と同じところに居るわ。他のメイドは…そうそう、屋敷に必要なさそうだから解雇したの」



 なるほど、あのメイド長は良くも悪くもこの家に対する忠誠心はあるように感じた。

 本来であればこのようなところにいるべき人材ではないのだろう。


 それにしても、ほとんど一方的とも思える解雇されたメイドたちは、その後の生計とか大丈夫なのだろうか。

 さすがに、その辺はしっかりしているか…?



「昨日もあったけどここ数日ずっと、夜の食事の後に急激に眠たくなるんだけど、それもメイのせい?」


 それを聞くとメイは不満そうな顔で、疑惑の目を持ってこちらに言って来た。


「それは違うわ。昨日のは置いといて、数日間ずっと続いているというのは、あたしは特に知らないわ」


 なんか、気になる言い回しがあったがそれも後回しだ。



「あとは……呪い子ってなんなの?俺の、この白い髪を見せたら町の人に怒鳴られたんだけど……」


 正確には、怒鳴られるなんて比にならない以上の事をされたんだが、説明がややこしくなるので黙っておく。



「それは聞いたことはあるけど、あたしも詳しくは知らない……なんでも見た目は白髪の人間の姿をしているらしいんだけど、それ以外は謎に包まれた……亜人?なのかしら?でも普通の人同士の子どもから、その“呪い子”が生まれたって記録もあるみたいで、何にも分かってないの……」



 詳しくは知らない、という割にメイはいろいろな情報を知っている。

 でもこの質問は謎を深めただけのようだ。


「なんで俺がこんな髪色になったのか知ってる?」


「それは…………あれ?言わなかったっけ?あなたが記憶を自分で消したときに髪色がそうなったのよ」


 そんなこと言われた覚えはない。

 そもそも俺自身の髪が短く毛先が視界に入らないから、髪色なんて鏡を使わない限りは他に確認しようがない。


 次の問答から、質問の質を変えた。

 それは半分確信めいたものだったが、整合させるのに必要だった。


「メイと俺は前に二年くらいは一緒に居たんだよね?あとフィアルも一緒に……」


「…なんでその事を知ってるの?」


 今まで俺の話を興味なさそうに聞いていたのに、その俺の質問を聞いた瞬間、急に眼の色が変わったのが見て取れる。



「ほら、フィアルに聞いたんだよ、あ…覚えてないんだっけ?」


 俺はやや話題をそらすようにフィアルの名を出した。

 でも、メイはあの時もフィアルの事を覚えていなかった。

 言っても仕方のない事のように思われたが……



「ふーん……大丈夫よ、そいつは思い出すから……」


 メイはやや不機嫌な態度を露わにし、考え込むようにそう言った。



「…思い出すって――?」


 メイはちょくちょく意味深な発言をしてくる。

 今までは気になっても突っ込みを入れないでいたが、ここまでされるとつい聞きたくなってしまう。


「ん――何でもない。気にしないで」


 メイにはそう言われてはぐらかされてしまった。

 俺はもう構わず他の質問をしてみる。


「そういえば俺はどうやって自身の記憶を消したの?」


「それはあなたが知る必要はないわ」


「…………」



 ……またもやはぐらかされてしまった。

 そして俺はついに質問することを諦め、口ごもってしまった。


 他の俺が気になったことも、どうせ聞いても結局はこうやってはぐらかされてしまうのだろう。

 結局肝心なところを何も教えてくれない彼女が、俺は益々信用できない。



 そんなことを考えていると彼女が俺に逆に質問してきた。


「じゃあ、あたしから聞くけど、トピアはあたしの事を信用してくれてないんだよね?」


 その逆質問にも質問内容にも一瞬呆気にとられるが、それでもすぐに持ち直し俺は質問に答える。

 俺が今まさに考えていたことを話題に出されるとは、しかも急に質問してきたことと言い、随分とタイミングが良い事で……



「……うん」


 俺は若干の躊躇いもあったが本当の事を言った。

 ここは嘘をつく必要もないし、どちらにせよ嘘をついても発作が起こりで彼女には分かってしまう。



「じゃあ、あたしのことは嫌い?」


「…………うん」


 あまりそういう否定的な事を本人の目の前で言いたくない。

 嫌いなのは事実だが、面と面を向かってこういうことを言うのは良心が痛む。


 しかし、かと言ってこの体で嘘をついたら、悪い事しか起こらない。

 そもそもこの問答にどんな意味があるのか分からなかったが、俺は次の質問で彼女のその意図を理解する。



「――どうすれば私の事好きになってもらえる?」



 …それは些かどころか、かなり困難であろう。

 フィアルたちを殺しかけたり、俺の許可も無しにいろいろと薬やら何やら仕組んでいたりして、

 今さら何を虫のいい話をしようとしているのだろう。

 メイは話を続けた。


「この屋敷に閉じ込めたり、薬を盛ったりした経緯はちょっぴり強引だったし、トピアがそれを望んでないのも知っている。でもそれはあなたの為なの。強引だったのは事実だし、それ以外のあなたの望みはできる限り叶える。だから――」


「――だったらまずは俺の質問に全部答えてよ。それができないならもう部屋から出て行ってよ」


 自分でも随分と冷薄な声色と物言いだと思った。

 でも、もうこれ以上何も質問に答えてくれないなら、メイに用は無かった。



「それは…………」


 俺のその態度に気圧されてか、それともただ言葉を選んでいるのかメイは言い淀んでいる。

 そして彼女はやはり俺の要求には答えてくれなかった。


「ごめんなさい。心の準備というか……まだその時じゃない気がして……いつかは絶対話すから、すこし時間をくれない?」


 申し訳なさそうな表情で、でも彼女は曖昧な言葉しか使わない。

 それは本当に何か事情があるのか、ただ言いたくないだけの言い訳なのか…

 俺はその問いに沈黙で返す。


「本当にごめんなさい。そのあなたの望みは、今は叶えられないからせめてあなたの意に添えるように、あたしはもう部屋から出て行くね……」


 そう言うとメイは、自身の身の回りを片付け始めた。


 最初の方は、頑なにその場を動こうとしなかったメイが、今は簡単に部屋を立ち退いてくれた。

 彼女の悲しそうな表情に、俺も若干苦々しい思いを抱いてしまう。



 そして立ち上がり、部屋を後にするメイは扉の前で振り返ると一言、


「トピア、こんな事をしておいてなんだけど、あの時約束したでしょ?だから屋敷からは絶対出ようとしないで、本当の本当に……」


 そう言い残してメイは出て行った。

 その声は、本心から出た悲痛な叫びのように感じた。




 ――でも、俺はそれよりも、部屋で一人になれたことの方がその時は嬉しかった。

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