64,動悸の正体
――メイはにやりと顔に笑みを持たせながら語りだす。
「あれは別にあなたを苦しめるために作った物じゃないのよ」
――あれというのが何かは分からないが、それは絶対に嘘だ。
俺の攻撃的な目線を向ける。
メイはそこから俺の今の感情を読み取ったのか、やや気圧された様に言葉を続ける。
「…その顔は信じてくれてなさそうね。まあいいわ、あたしがやったのはね、あなたにとある薬を服用してもらっただけ」
俺はその言葉を聞いて愕然とした。
……は?…なんだそれは?
当たり前だが俺は薬なんかを飲んだ覚えは無い。
俺の思考は顔に出やすいのか、それともメイの察知能力が高いのかまたもや思考を彼女に読まれる。
「あなたが驚くのも無理ないわ、だってあなたが食べた食事にこっそりと盛ったんだもの」
…この女はどこまで自分の信用を地に堕とせば気が済むんだろう。
彼女は自身の身勝手な行動の代償に何が懸かっているのか理解していないのだろうか。
でも、そうだとしたら、昨日の食後に何もしないと言われて手を握られた時、メイは何もしないという約束をしっかりと守っていたことになる。
なぜなら、彼女は“その時は”何もしなかったのだから。手を握られて何かされたというのは俺の勘違いだったのだ。
これが、何かの契約か何かだったら構わず文句を言いたくなる。
でも悔しいがどうせメイに言っても、上記の理屈で受け流されるのがオチだ。
そんな事よりも俺は今抱いている疑問を恐る恐るメイにぶつけた。
「――それはなんの薬……?」
俺は彼女がそこまでの犠牲を払ってすることがなんなのか気になった。
そしてそれは今俺が脅かされている症状にどう関係するのか。
「それはね、薬を飲んだ人間が嘘をつくと、体が激しい緊張状態に陥ってしまう薬よ」
メイはやや得意げな顔になって続ける。
「いいトピア、あたしの研究によると人間は嘘をつくときに無意識に体に何かしらの表徴が表れるのよ。仕草には出なくても、体の内部には心拍だったり、汗や唾液の量だったりが必ず表れるわ。そしてそれは自身で制御することなど絶対できないわ」
それは、メイは自身の研究だと言うが、それは前世では一般的な知識だ。
心拍計など何も器具が無いであろうこの世界で、その人間の心理的身体特徴にたどり着けるというのは、他ならぬ彼女の才能なのだろう。
「嘘をついている状態になった人間は、その時に限って体のとある腺が活発になっていることもわかった……その腺が活発になればなるほど人間はより緊張状態になるみたい」
――彼女が得意げに話しているそれは現代の医療知識にも劣らないものだった。
俺はそれを聞いている時、驚き以外の感情が全く無かった。
「あたしが作った薬はその腺が活発になった時に、本来ではありえないほど著しく活発にさせることができるのよ。つまりこの薬を飲んで嘘をつくと、激しい発汗や心悸亢進が起こる」
そして、体の外部からは分からないはずの体の仕組みを解き明かし、それに作用する薬を調合できるという事がどれほどすごい事なのか、俺には計り知れない。
確かに思えば俺がメイに嘘をついたときにあの発作に襲われた気がする。
その説明を聞く限り、昨日と今朝のあの激しい動悸は納得がいく。
でも彼女はその薬を俺なんかに飲ませた。
そこまでの知識と技術がありながら、それを何故わざわざ俺に使うというのが理解できない。
やや呆れ半分で聞いた。
「――それを俺に飲ませることにどんな意味があるんだ?しかも許諾も無しに…」
しかし、メイは俺の質問に質問で返してきた。
「逆に聞くけど飲まされて何か不都合があるの?一生一緒に暮らすのに同居人に嘘なんかつく必要があるの?」
俺はそれに上手い切り返しが思い浮かばなかったが、何とか言葉を紡ぐ。
「それは…………個人的な私事とか…」
「この屋敷に居る以上、隠し事は無しよ。プライベートが全くないとは言わない。けど食事が口に合わなければ言えばいい、要望があれば、可能な限り叶える。それ以外に何かある?」
俺はこれ以上の反論が思い浮ばず、閉口してしまった。どうやら俺はメイに舌で勝てないようだ。
一方的にしかも本人の意思に反して、よく分からない薬を飲まされたというのに、俺は口で負かされた。
正直言えば悔しい。反論すらもできない自分が、どんどん惨めに思えてくる。
目線を下に向け、悔しさを歯を噛みしめている――
「――はい!これでこの話は終わり!食事が冷めちゃうから早く食べて!」
急に活力が戻ったようにメイは元気よくそう言った。
見ると机の上の料理からは湯気が立たなくなっていた。
俺がいつ食堂に来るかも分からないのに、タイミングよく料理を温めているのは至難の業だ。
結果的にスープなどは、ぬるくなってしまっていたが……
ただでさえ色々なことがあって意欲が湧かないのに、
そして追い打ちをかけるようにメイとの物言いで負かされていて、食欲があるはずも無かった。
それでも、一口でも食べれば手は動き続ける。それが冷めていたとしても、この料理は実際おいしい。
この食事にももしかしたら、何かしらの薬が盛られている可能性があるが、俺にはどうしようもできない。
俺が複雑な心境で料理を食べている姿を、メイはただ笑顔をこちらに向けてくるだけだ。
何がそんなに笑顔になる要素があるのか、俺には理解できなかった。
――食堂での食事を終えた俺は、自分の部屋に戻ったのだった。
ただ一つ気がかりなのは、メイが食堂からずっと俺の傍についてくることだった。
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