第6話

いくら拭っても、後味が悪い

「説明してよ」

その口から俺の嫌いな臭いが漂う

「なんでいつも隠すの?」

彼女は今にも泣き出しそうな顔で俺に問うた

泣く奴が嫌いって言った俺を前にして我慢している

健気だ

何を説明するべきなんだろう

「笑ってた…、キス、してた…」

俺はもう何も言えず目を逸らした

一言で彼女を壊してしまいそうだ

何も言えない

何も言いたくない

唇から血が滲んでいるのが視界の端に見えた

怖い

後ろから足音が近づいてくる

俺たちに踏みつけられたミニトマトは血の海のよう

吐きそうだ

俺は上がってくる胃液を飲み込んだ


「能天気な貴女には私達の気持ちなんて分からないでしょう!!」

私はあの馬鹿女に無性に腹が立っていた

教卓に飾ってあったカンナが入ったままの花瓶を投げつけた

女は悲鳴を上げて顔を押さえる

私は可笑しくて笑った

兄は女の前に出て私から守る態勢を取った

女は怖がりつつも口角が上がるのが見えた

頭に血が上る

殺したい

あの時と同じ感情が芽生えた

私は誰かが置いていったスイカを踏み潰した

そして、なりふり構わず投げ始めた

兄にあたった顔から血のように流れている

女は泣き喚いているのにさっきより口角が上がっている

狂ってる

兄が何か言っているのが見えるけど私の耳には入らない

女は笑っているように見える

誰も私を止められない

私は私を止められないから


遅い

女子たちはとうの昔に帰ってしまった

あの女なんて置いていけば良かったかもしれない

見上げても見えるわけないのに窓から身を乗り出す

一体何にもたついてんの

今日はそろそろ大事なこと言おうと思ったのに

そういやさっきは馬鹿にしたけど、うちも果物持って来たんよ…

今日の朝は忙しかった

綺麗な丸いリンゴをリュックから取り出す

ポケットから出したナイフで丁寧に皮を剥く

真っ赤な皮が下校中のカップルの上で風に乗って舞っている

あ、頭に当たった

その女の間抜けな顔といったら

「あの事件の犯人、ここら辺彷徨いてるって!」

「怖えー!ww」

こいつら絶対掃除サボってる

「おまえ刺されたいんだっけ?」

「んなことより早く教室行ってスイカ食おうぜ!」

また夏が来るんだ

「種飛ばしするcar」

勢いよく走り去る足音が廊下を揺らす

目の前にいたのに

男子ってやっぱ馬鹿だ

失笑してしまう

勾欄に肘をかけた手から、その笑い声が花弁のように1枚1枚散っていった


いつも元気な男子生徒たちが今日は声を潜めている

少し怖がっているようにも見える

どうやら今回の試験は難しくしすぎたようだ

「なんか変な声聞こえね?」

「俺らの教室から?」

「いやもうちょい近くか?」

「なんか気味悪ぃわ、帰ろうぜ!」

よーいどん、と誰かが言った

「おーい、君たち走るなぁー!」

思い切り怒鳴って注意したからだろう

尻尾を巻いて逃げ帰って行った

僕もたまには大声だって出せるんだぞ!

ん?

突然の寒気に身震いする

なんだか校内が騒がしい

係に頼んだ花瓶はまだ戻ってこない

あの子は何をしているんだろうか…

「哈哈哈哈」

誰?

ぞっとした

狂気的な嗤い声と罵声が、校内にこだましている

耳を塞いでもガンガン頭に響いてくる

いつもの片頭痛だろうか

「いい加減やめろ!」

「あたしだってぇ」

「呵呵呵呵」

「赤いものが」

「嫌いって」

「俺は!」

「嘻嘻嘻嘻」

「殺した時」

「見た」

「トラウマだから」

「嘎嘎嘎嘎」

強烈な痛みを振り払いたくて、急いで窓を開ける

空から何か赤いものが降ってくる

吐きそうだ


3組の担任にまた苦情が来ている

これで何件目だ?

自分の教室だからといって、あそこまでスイカを散乱させることはなかろう

根性があって熱い先生なのだが、少しどうかしている

しかも今日に限っては早急に言わなければならないことがあるというのに

いくら探してもその姿は見つからない

呆れてしまう

見込みの無い人材はこの世界には不要だ

早々に処分していれば良かったかもしれない

この春から問題児学級に配属させた

徐々に蝕む作戦だったが…

失敗したのか

微かに甘い香りがした

不思議に思ってその先へ急ぐ

??

「何をしている?」

窓から身を乗り出している女子生徒に声をかけた

手からは何か血液のようなものが垂れてい…

「邪魔すんな」

獣のような目でナイフを向けられていた

血が騒ぐ

脊髄反射で体勢を変える

「明日はビッグニュースになるよ?この学校が隠蔽してること、そろそろ国に公表しないとね」

相手が何か話し始めたらこっちのものだ

ゆっくり近づいて、すかさず奪い取る

「さすが、お見事ww」

この状況で笑っていられる彼女を素直に尊敬する

遠くからか、消魂しい悲鳴が地鳴りのように校舎を駆け巡っていった

それとほぼ同時か、それより前だったか、どこか近くで奇妙な落下音がした

女子生徒はその音に驚きもせずに、窓の外へ飛び降りてしまった

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赤いもの 纓紫琉璃 @eimuraruri

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