第3話

現代文の授業、先生の声がいつも通り聞こえない

クラスの後ろは無法地帯

男子は輪になって何やら話しこんでいる

女子はちゃっかりtiktok撮ってる

バレたら没収だろう、何してんだか

「この文には食べ物が出てきており、人物の心情を象徴しています…」

「え、気まずすぎ」

「いわゆる隠れビ…」

「ピー!!🚔」

男子は怪訝な顔で席の前方を観察している

「担任とだろ?」

「きもぉ〜」

授業は集中できないからこっそりあいつに視線を移す

その目は転校生を仕留めて離さない

前列でそっと授業を聞いてる転校生

似通った2人の世界

昔から落ち着いているあいつには合うんだろう

その刹那、記憶がフラッシュバックした

「この食べ物はそれぞれ異なるキーワードになっています…」


いた、殺される筈だった子

「なんでのうのうと生きれるんですか?」

一瞬で肩が強張るのが分かった

ゆっくり振り向くその顔には殺意を感じる

なんて奇麗なのでしょう

「あんたこそ、今更何しに来たわけ?」

相変わらず意地張っちゃって…

緊張を誤魔化しきれない様子が意地らしい

「貴女がここにいたいのならば、やるべきことがあります」

彼女の喉からひゅっという音がした

「今回は私も協力致します」

安心させようと優しく微笑んだつもりが返って警戒させたようだ

「誰も殺すなよ?」

そんな分かりきったこと言う必要はないのに


この学校は居心地が悪い

授業態度も成績も悪い

唯一の救いは、楽しそうに戯れる男子生徒たちだろう

そろそろ実家から送られてくるスイカを、ぜひプレゼントしたいものだ

喜ぶ姿が目に浮かぶ

『息子が欲しかったわ』

ふと妻の声が頭に甦った

はぁ

深呼吸は1番の精神統一方法

贔屓は良くない

生徒1人1人に対して愛を持って接しなければならない、それが教師である

「せんせっ!」

しかし例外はいる

「先生さ、欲求不満すぎて転校生襲っちゃった?笑」

声を振り切って歩き続ける

「奥さんが帰って来ないからって生徒に手ぇ出すとか有り得ないねぇ」

誰もいない廊下に高い声はよく響く

「ま、あたしにしてることと同じ?変わんないね!」

以前からの挑発は日に日にヒートアップしている

「もう一生帰ってくんな馬鹿親父!淋しい孤独死バタンキュー!笑」

黙れ黙れ黙れ

何を血迷ったか、気づいたときには娘の首を力一杯壁に押し付けていた


呼び止められたのは、あの日以来か

「用件は?」

思ったよりキツい言い方をしてしまった

「これ忘れ物」

ゆっくり投げられ、コントロール良く俺の手に収まった

「何でこれお前が持ってんの?」

彼女は不気味に笑うだけで何も応えない

ストラップのエルモと目が合う

前まで気に入っていた笑顔が、今日はやけに恐ろしく感じる

「これ今使ってねぇよ」

首を傾げる彼女に仕方なく説明する

「鍵なんてもう一生閉めないって分かるだろ?」

全てを悟った表情

笑顔はもう消えた

沈黙に耐え切れなくなって、彼女の横を通過する

「あんたの大切な人がいなくなる」

奇妙な言葉を囁かれた気がした

甘い匂いが鼻に纏わりついて離れない


きもい

これで興奮してるあたしも大概だ

力を込める手は緩み始めた

「性虐待に続いて殺人未遂とか終わってんね笑」

あたしに荒い息がかかる

お花みたいな甘い匂いだ

「いっそ殺してくれればいいのにー?」

おとうさんは、なんだかぐったりとして手を離した

「お前まで失うのはごめんだ」

へぇそれどの口が言ってるん?

「おかあさんって、ほんとに失踪したのかなぁ」

言い過ぎたかも

血走った目をぎゅっと瞑りながら告げられる

「本当に、もうこれ以上、関わらないでくれ」

苦しそう

疲れ切った後ろ姿を見送る

今追いかけるのはやめとこう


「みっけ!」

身体が無意識に反応してしまう

ずっと聞きたかった声と、愛らしい顔

そして、あの日から変わってしまった、不吉な笑み

「何で?」

俺の質問には答えず駆け寄ってくる

「会えなくて死ぬかと思った…!」

やけに甘ったるい声

自己紹介の演技は何だったんだよ…?

抱きついてくる身体を大人しく受け止める

接した部分から小さな鼓動が伝わってくる

血液が充満していくのを止められない

俺の心臓はうるさい音を立てている

静かな呼吸を感じながら、これで最後にしようと言い聞かせた


「おとうさーんww」

毎度の如く僕の太腿に乗っかってくる

「その呼び方はするな、誤解されるから」

「おもろいから無理」

聞かないのは分かっている

「次の試験の問題教えてくんね?」

何度言えば降参するんだ?

「それは出来ない」

そう真正面から迫るな

「けちくさ!」

アホくさ!

「ちょっとくらい良いよな?」

密着した部分が火照っていく

今日は誘惑に勝てそうにない

「なんかさ、」

何やら呟き始めた

「あんたの、はぁ、娘、死ぬ、待って、!」

何か言っているが聞こえない

教育中だ、喋るな


しんとした校舎に、自分の足音だけが響く

ほ、と息を吐く

丁度この辺りが、江戸時代から続く自殺の名所だったようだ

寺子屋の…

ここは何をする場所だったのか

また生徒たちに授業をしたい

何とか叶えたいものだ

この窓だ

すっかり暗くなってしまった夜の学校で、しっかり戸締まりをする

ここには鍵が無い

そのせいで昔から事件が起きる

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