第七一話 旧友との再会(五)


「ああ、実は……、その…ガルパル医師から話を聞いてな……。あのな…良い話なんだ……」


 あのジジイめ! 余計な事を言いやがって!

 何を言われるのかは分かっているが、一時的にしろコイツは司令官代理だ。聴くだけ聴いてやる。しかし、顔なんぞ見たくも無いから窓の外を眺めて、そして促した。


「それで?」

「あ、ああ。団の太母がな、そろそろ後継者を用意して欲しいと言っていて、アウグスタなら適任かと思ってな。幸い子供たちも懐いて……」


 引退勧告か!

 最後まで黙って聴いてやろうと思ったが、頭に血が昇り思いっきり机を叩いてしまった。おかげで身体中から非難の悲鳴を浴びたが、怒りの方が大きかった。


「あのジジイに何を聴いたかわかんねぇが、あたしはまだまだ戦える!」

「しかし、他の傷はともかく、左肩は動かない可能性があると聴いたぞ!」

「治してみせるさ! たとえ動かなくても戦いようは幾らでもある!」

「お前だけの問題じゃないんだぞ!」


 ドゥルーススも椅子を蹴るように立ち上がって、怒鳴ってきた。しばらく睨み合っていたが、ヤツの言っている事は正論だろう。だが……。


「私はあの人にも、フィデスにも誓ったんだ! この街を護ると!」


 それは、安易に捨てられる誓いではない。私はそう言い放つと部屋を出た。部屋の外で待機していた戦士には、八つ当たりをしてしまったようで申し訳なかったが、一刻も早くここから出ていきたかったのだ。


 ◆


「そこを退け!」


 アウグスタは杖を握り締め、ドゥルーススとの言い合いに、心配して覗きに来た警護の者を怒鳴り付け、部屋から出て行ってしまった。

 取り残された男三人は、アウグスタが出て行くのをそれぞれ別の表情でみていた。


「お前さぁ……」


 カリウスは、司令官用の長机に腰掛け、指で軽く机を叩いた。呆然としていたドゥルーススの意識を戻そうする。


子供ガキの頃からそうだけど、どうしてそう姐さんの嫌がる事をするかねぇ」

「そうそう……」


 両手の手のひらを上に向け、両肩を上げてインゲルスも首を横に振っていた。


「いや、だってさぁ、危険な所にいて欲しくないんだ。安全な所に居てほしんだよ」

「いやいや、姐さんはそういうたぐいの人じゃねぇだろ! 護られるより、一緒に戦い、生死を共にしたいと思っているんだぜ」

「それでも……。嫌われたっていいんだ。彼女さえ生きていてくれたら……」


 ドゥルーススは、想いを吐き出すように机に拳を叩きつけた。

 カリウスとインゲルスは、顔を見合わせるとため息をついた。

 

「……そうかい、お前はお前の信じるやり方で、姐さんを助ければいい。俺たちは今まで通り、身近で助けるさ」


 項垂うなだれているドゥルーススを横目に、二人は司令官室から出て行った。


 ◆


 陽が傾き、辺りは橙色に染まり始めている。

 アウグスタは、神殿前の広場へやって来た。広場の中央には、お世辞にも似ているとは言えない石でできたクラウディウス像が、台座の上で片膝をつき神殿に祈りを捧げていた。

 この場所では、団の子どもたちが武術の訓練をしていた。年長の子供たちは、掛け声と共に木剣で素振りをしている。なかなか様になってきている姿に感心する。年少の子供たちは、剣の訓練というより追いかけっこをして、広場を走り回っていた。

 その風景に口元を緩め、アウグスタはしばらくぼうっと眺めていた。やがて子供たちの一人が、アウグスタに気付き駆け寄って来た。他の子供たちもその子に釣られて、続いて駆けてくる。すぐにアウグスタは子供たちに囲まれてしまった。


「おねぇちゃんケガ大丈夫? 痛くない?」

「姉ちゃん! すぐに戦士になって俺が守ってやるからな!」

「そうだそうだ! オッチャンたちには任してらんねェ!」

「いつも偉そうな事言ってるくせに、姉貴にこんなケガさせて、オレらがとっちめてやるよ!」


 その言葉にアウグスタは胸に鋭い痛みを感じた。今は亡き、かつての部下たちの顔が浮かぶ。最も責められるのは自分だ。贖罪の念が浮かんでくる。


 もっと良い方法があったのではないかと……。


 希望に満ちた子供たちの目を見ると、居た堪れなくなる。本心をさらけ出し叫びたい。いずれこの子たちの何人かは、あの残酷な場所へ向かう事になるのだ。


 私は、それを止めたかったが、それはできない事だった。出来る事といえは、一刻も早く狼との戦争を終わらせるしかないのだ。しかし、子供たちのキラキラ輝く瞳を見ていると、別の言葉が出てきた。


「ああ、そうだな。早く立派な戦士になって、姉ちゃんを守ってくれ」


 乾いた笑顔を引き攣らせ、一人一人の頭を撫でていく。

 

「それに兄ちゃんたちも頑張ったんだ。ほどほどに許してやってくれよな。ほら、教官が待ってるぞ」


 子供たちは笑顔を称え、手を振って去って行く。その先には、かつての自分と同じ、若い戦士がこちらを見て敬礼していた。



「まったく、アイツらは……」

「ハハ、次に会うのが怖えな」


 いつの間にか追いついたのか、背後からカリウスとインゲルスの声が聞こえた。彼らとも長い付き合いだ。子供時代から一緒に戦ってきたのだ。彼らを置いて、戦いから身を引いて良いのだろうか。


「……私は引退した方がいいんだろうか」

「それは、姐さん次第だ。どんな決断をしても俺たちは受け入れるよ。俺らの事は気にするな」


 私はどうやら相当弱っているようだ。今まで思いもしなかった事を言葉にしてしまった。彼らも少し驚いているようだったが、予想通りの答えが返ってきた。その発言には、自分でも驚いているのだ。だから思わず呟いてしまった。


「貴方は、どう思いますか……」


 アウグスタは、クラウディウス像を見上げて、思い出の中のあの人へ問いかけた。像は、もの言わず、ただ祈っているだけであった。

 


「そういえば、あの柩はどこにあるんだ」


 今更ながら、ふと柩の事を思い出した。報告では神殿へ運ばれたとは聞いていたが、神殿のどこに置かれたかまでは聞いていなかった。それに、落ち着いた場所で、事の元凶をよく見ておきたいと思っていたのだ。


「今は、神殿の神像前に安置されている」

「そうか。せっかくだ様子を見に行ってみよう」



 三人は神殿へ向かい扉に手をかけると、どうやら先約がいるようで、話し声が聞こえた。声色は一人のモノであったが、神との問答をしているようだ。アウグスタ自身も度々やっているのでおかしいわけではないが、大抵は自分自身の中で問答をするもので、声を出す者はそういない。しかし、中にいる者は少し興奮気味のようだ。

 

「……何故なんですか!」

 

「いまさら、どうして……私は貴女の為に、力を振るいたいんですよ」


 アウグスタたちが入っていくと、クローヴィスが神像の前にある祈りの場で、片膝をつき神像へ話しかけていた。あの冷静なクローヴィスが少し激昂しているようだった。


「どうしたんだクロー。誰と話していたんだ」

「隊長……」


 クローヴィスに話しかけると、彼は凄く驚いた顔をみせた。気になって部屋を見渡しても誰かいるように見えない。


「どうしたんだ?」

「いえ、何でもないです……」

「あっ、ちょっと待て!」


 彼は、バツが悪そうな表情をして、三人の間をすり抜けて神殿から出て行ってしまった。


「どうしたんだアイツは?」


 三人は顔を見合わせ小首を傾げたが、それ以上気にせず神像の前に置かれている黒い柩へ目をやった。金と銀で描かれた装飾は、無骨な戦士であるアウグスタにも見事な物だと思えた。

 箱は、あまりにも滑らかで、繋ぎ目が見当たらない。本体をじっくり見ていると、深淵を覗いているかのように惹き込まれそうになった。


『どうやら貴女には、資格が無いようですね』

 

 その時、ふと美しい女性の声を聞いた気がしたが、周囲は特に変わりない。しかし、それほど時間が経ったと思えないのだが、なぜか段々と疲れが増してきたような気がした。それで誰言わずとも、今日の調査はここまでにする事にした。


 三人は、足を引きずるような疲労感を覚えながら出入口に向かうが、そこで何やら外が騒がしいことに気がついた。団の子供たちが騒いでいる訳ではなく、雑踏のようだ。

 急いで表に出ると先程とは違い、多くの人が集まっていた。予定には何も無かったはずなので、警備を担当していると思われる戦士を呼び止めた。


「おい! 何があったんだ?」

「援軍がやって来たそうです。三個大隊と変わった装備の二個小隊だそうです」

「どこの部隊なんだ?」

「代表が司令部へやって来るので、ここにいれば……あ、アレですね」

「アイツらは……」


 戦士団の通常装備とは違う、濃紫色の装備で身を固めた一団の中に、懐かしい顔が混ざっていた。彼らの一人が、こちらに視線を向けた。


「おっ!? そこに居るのは、ひょっとしてアウグスタじゃないか。何年ぶりだ?」

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