第七二話 痛みー傷ー(一)


「元気そう……でも無いか。相変わらずのじゃじゃ馬ぶりは健在のようだ」

「いえ、ラディス殿。ただ単に任務で失敗しただけです」


 成長していないと思われているようで、恥ずかしさのあまり、私は目を伏せた。かつての師の一人である彼には見せたく無い姿だった。

 

「またアレか。狼を自分に引きつけて、その間に他の者を逃がそうとした、とか……」

「……」


「図星か……。それは下策だと、クラウディウス閣下にも口酸っぱく言われていたはずだがな……」


 それを言われ得ると何も言えず俯いた。左顔の傷が疼く。そう、この傷を負ったのも、その愚かさの所為だった。


 ◆


 クラウディウスが帰ってくる。

 その知らせを聞いて浮かれたのは、私だけではなかった。団の子供たち全てがそうだった。子供たちに希望を教えてくれた。彼の部下たちも同じように、時には厳しく時には優しく接した。人の温かさを教えてくれた彼らに懐くのは当たり前だろう。特に今回の任務は長く、リンディニスへの街道を繋げるまで帰らないという話だった。みんなが戻ってくるのは、まだまだ先の事だろうと思っていたのだ。だからこそ、その喜びようといったら尋常ではなかった。


「みんなが帰ってきたら、おいしいごはん食べさせてあげたいなぁ」

「そうだぜ! 姉ちゃん! きっとろくでもないモノしか食ってねぇだろうから、いっちょ気張きばったもん作ろうぜ!」


 普段はおとなしく、なかなか思った事を言い出せないルシアでさえこの調子だ。まぁ、ボックスの場合は、自分が食べたいだけだろう。

 城内にある菜園ではたかがしれている。豪勢なモノを作るのであれば、城外にある畑へ行かなくてはならいが、外に出る時は熟練の戦士を伴わなくてはならない決まりだ。それに人数も必要なのだが、私と同じように戦士になりたての未熟者ばかりだった。


「これだけ人数入れや大丈夫だろ」


 そこへアレウスが、さらに見習いの戦士を引き連れてやってきた。彼は、私たちのような新人たちを纏める役をっていた。やはり、子供たちだけではなく、その時の私たちも浮かれていたんだろう。人数だけは、規定の数の倍になっていた。しかし、熟練の戦士は一人もいなかった。


「いやアレウス、規定では熟練の戦士が五人必要なはずだ」

「はぁ、余計なこと言うんじゃねぇよ」


 そこへドゥルーススが余計なことを言い始めた。既にみんな行く気になって、装備を用意し始めていたところへ水を差す。


「アウグスタも止めてくれ、子供たちを危険にさらす」

「お姉ちゃん行けないの?」


 ルシアが手を握って、その瞳が悲しそうに揺らめいて見上げてくる。

 言った相手がドゥルーススでなければ……、もしかしたら普段の私であれば、止めていたかもしれない。だが、子供たちが行けないのかと不安そうにしている表情を見ると、心が揺らいだ。それにドゥルーススへの反感もあっただろう。私は、幼稚な感情で間違いを犯してしまった。


「狼たちは夜活動するからこの時間なら大丈夫だろう。それに今から五人を集めるのは無理だ。彼ら熟練者は忙しい」

「じゃあ決まりだな。さっさと行こうぜ! ドゥルーススお前は城門の警備でもしとけ!」


 私が賛成にまわり、結局多勢に無勢だったドゥルーススは、しぶしぶと決定を受け入れた。


 人数だけは、アレウスたち先任戦士の五名と私たち新人十二名、見習い十二名、合計三個小隊分だ。これに、同世代の生産職五名と子供たち二十名が加わり、大所帯となってしまった。

 擬似的な一個中隊を率いることになったアレウスは、ご満悦だった。

 中隊規模を率いるには、優れた統率能力と熟練度が必要だと言われている。遊撃隊として扱われ、支援が無い状態で臨機応変な行動を求められるからだ。ある意味、大隊長より難しく、戦士たちの憧れでもある。

 取り巻きたちにヨイショされ、偽物の中隊であっても気分がいいのだろう。そんな状況を横目で観ながら、思いっきりため息を吐き出したかった。街からすぐとはいえ、その緊張感の無さに呆れてしまう。ドゥルーススへの反感から賛同してしまったが、こちらはこちらで後悔をし始めた。少なくとも子供たちを連れて行くべきではなかった。


 やがて目的の場所に着いたが、ここは森に近い。しかし、森の恩恵を受けているようで、作物の実りが豊かだ。街内では見られない情景に、子供たちは歓声を上げた。実は、私たち新人の戦士たちにとっても、初めての光景だったのだ。


「よし! 戦士は半円陣を組んで、警戒にあたれ! 何かあったら木笛で知らせるんだ」


 アレウスが、指示を出すと仲間の戦士たちは散らばって行く。私も同じように、見張りへ向かおうとしていたら、アレウスに呼び止められた。


「君は、子供たちに着いていてくれ。懐かれているし、その方が子供たちも安心だろう。生産職の連中だけじゃ不安だからな」


 その言に私は眉を顰めた。一見、思い遣っているように聞こえるが、生産職に対しての侮蔑が混じっていたからだ。得てして戦士たちは、自分たちが護ってやっていると矜持が強く、生産職を低く見ている傾向が強い。だが、食事や衣類は誰が用意してくれているのだ。私たちが快適に過ごせるのは、生産職の者たちが一生懸命に働いてくれているからだろう。そこに上下はないはずだ。


「じゃっ、よ、よろしくなっ!」

 

 私の雰囲気に気づいたのか、バツが悪く逃げるようにして見張りに向かっていった。私は、大きくため息を吐き出して、子供たちと収穫を始めた。それは、いけすかない連中と居るより、私に大きな癒しをもたらした。



 収穫は順調に進み、引いてきた荷車が作物で満杯に積み上げる頃、笛の声を聞いた気がした。


「笛の音が聞こえなかったか?」

「? いや、俺は何も」


 近くに居た生産職の者に尋ねたが、首を捻っていた。辺りに目を配ると、見える範囲には戦士は見えない。この農園の外縁部にいるようだ。


「子供たちを集めるんだ!」


 どうも嫌な予感がし、子供たちを集めるように指示を出した。作物は十分集まったし、もう帰還しても良いだろう。生産職の者たちは、子供たちを集めて点呼をしているが、数人が戻っていない。そういえば、ルシアが見かけない。


「おい、ボックス! ルシアはどこだ?」

「えっ? さっきまで……」


 彼は青ざめて、キョロキョロと辺りを見回す。

 まったく、またあのは、何かに夢中になって離れてしまったのだろう。無心に収穫する楽しさに、夢中だった自分自身にも腹立たしかった。そうこうするうちに、ルシア以外の子供たちが、集まってきた。


「みんなの頑張りで、もう充分に作物が取れたよ。そろそろ、帰ろう。迷子のルシアは、私が捜して連れて帰るから、先にご馳走の準備をして欲しい」


 私は、子供たちの頭を撫でながら、笑顔を作ったつもりだ。どうやらそれは成功したようだ。子供たちは、歓声を上げて帰る準備を始めた。


『もし、笛の音が聞こえたら荷物を捨てて、すぐさま城門へ向かうんだ』

『どうかしたのか?』

『何か嫌な予感がするんだ。気の所為だったらいいんだが、もしもに備えておきたい』


 生産職の中心的な立場のクレメンスを捕まえ、子供たちが聞き取れないように小声で伝えた。彼は子供たちにも懐かれてもいるし、何より生産職にしておくには勿体無いくらい頭が良い。戦士であったら、将来きっと良い指揮官になったはずだ。


『あっ、それと……』

『?』

『ボックスのヤツを捕まえておいてくれ。ルシアの事となると、暴走するからな』

『ハハ、確かに……、分かったよ。こっちは任しておいてくれ。じゃぁ、ご武運を』


 クレメンスは、単なる私の勘でしかないのに、彼は快く引き受けてくれた。これで心置き無くルシアを探し、そして見張りに出た戦士たちを撤退させるのだ。

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