第七十話 旧友との再会(四)


 クローから報告を聴いてから十日経った。

 完治には程遠いが、歩ける程度には回復している。いや、無理矢理動かしていると言った方がよいだろう。はっきり言って痛く仕方がないが、寝たっきりだと精神が滅入ってくるし、なにより身体の問題ない部分も弱ってくる。五日前にガルパルの爺さんに少しならば歩いてもよいと言われ、医療所の周りを散歩がてら歩くようにしている。

 身体の痛みはかなり引いたが、たかだか一周するだけで膨大な汗が流れ落ちるし、態勢を崩すと激痛が走る。左肩だけではなく、肋骨にもヒビが入っているそうだ。両足や右腕は打撲や捻挫で済んだのが救いだった。

 そんな日々を過ごしていたが、司令部より出頭命令が下る。


 司令部は、診療所から少し離れた場所にあったが、日課の散歩で歩く距離とさほど変わりない為、爺さんの許可は直ぐに下りた。あんな爺さんでも司令部からの要請は断れないのだろう。


 しかし、何の話だろうか。

 報告書はカリウスがまとめ、提出している。一見ガサツそうなヤツだが、事務能力は私より遥かにうえだ。その上、字がとても綺麗でなので、司令部へ提出する書類は全て彼が用意している。何となく察しはついているが、最悪は……。


「姐さん、迎えに来たぜ。なんだったら、輿を用意するぞ」

「そんな恥ずかしい事はやめてくれ」


 嫌な想像をしていたのが、顔に出ていたのだろう、カリウスは体調が芳しくないのだと気を回したらしい。仕事において気が利くのはありがたい事だが、はっきり言って今はいい。

 カリウスと共に表に出ると頭を抱える事態が発生した。

 インゲルスが待っていたのだが、その傍らには小型の荷車があった。馬車では運用に難しい場所でも、多くの荷物を人が運び易いように造られた物だ。


「インゲルス、それは何だ?」

「カリウスは気が利かないからな、コレなら楽だろ」

「おお、さすがだインゲルス、俺は担架で行こうかと思っていたぞ」


 司令部は近いとはいえ街中を通る。娯楽が少ないこんな街で、そんな物に乗せられたら晒し者だ。後で何と言われるかたまったものではない。


「あっ、姐さん! コレに乗ってけよ」

「まだ足も痛いんだろ。無理するなよ」


 まったく!

 気を回すなら世間体も考えろっつーの!


 私は、二人の気持ち(少しずれているが……)に感謝しつつも、逃げ出すように司令部へ向かった。


 

 ◆


 

「おい、何でお前がここに居るんだ」


 大隊長の一人であるドゥルーススがそこにいた。

 司令官室いるのはまだ良いとして、何故か司令官の椅子に座っている。

 彼は子供時代、別の集団を率いて私たちの集団と共闘関係にあったが、クラウディウスが臨時司令官として着任すると、さっさと投降した。しかも、私たちを売ったのだ。クラウディウスが誠実な人だから良かったものの、以前のようなイケすかない連中だったらどうなっていたか。

 訓練生として招集された時も、何事も無かったように馴れ馴れしくしていた。はっきり言ってこの男は嫌いだ。昔の事を思い出すと、ふつふつと怒りが湧いてくる。そのキザったらしいにやけた顔をボコボコにしてやりたい。


「やあ、怪我人にお越しいただいて申し訳ない。いても経ってもいられず、こちらから出向きたかったのだが、君の部下たちに止められてね。怪我の方はどうだい?」

「それで司令官は何処だ? 何でお前がそこに座っている。罰せられたいのか?」


 さっさと、この不愉快な男との会話を打ち切り、司令官との本題に入りたかったが、ドゥルーススは深い溜息をついた。


「……出て行ったよ」

「はぁ?」


 意味が分からない。何を言っているんだコイツは……。


「あー、簡単に言うとな……、逃げ出したんだ」

「はぁ、なぜ逃げ出す必要がある?」

「アウグスタが帰還するまでの二ヶ月半の間に、狼の襲撃が激化したんだ。いや、ここ一ヶ月か……。輸送隊もかなり狙われて、今は物資不足が深刻な状態だ」


 聞き捨てならない発言をしていた。


「ちょっと待ってくれ、二ヶ月半だと。我々は、約一ヶ月で帰還したはずだ。報告書にも細かく日程の記載をしている」

「いや、二ヶ月半だ。秋も間近に迫っていて、少し早いが収穫の準備に備えている。もう少し我慢すれば、食糧不足は何とかなりそうなんだ」


 おかしい、どう言う事だ。私が間違っているのか。

 不安になって、カリウスとインゲルスに視線を向ける。

 

「俺たちも説明したんだが、みんな同じで日にちのズレがあるんだ。それに、雲の動きや星の位置、気温の変化を観測すると夏が終わろうとしている」

「あの街が関係しているんじゃないのか。あの荷馬車もおかしかった。いくらドヴェルグが作った物でも、百年も雨ざらしになっているのに、劣化が少なかった」


 確かに言われてみれば、あの街は場所によって風化の進行具合がおかしな場所もあった。特にあの神殿……。

 そうなのだ。あの神殿は、劣化していなかった気がする。今でも住人が生活しているように、綺麗に整えられていた。

 そういえば、クローたちも変な事を言っていた。自分たちは神殿に入ってから半日も経っていないと。しかし、アウグスタたちは三人を見つけるまでに、三日かかっていたのだ。


 チッ!


 浅はかな自分に、思わず舌打ちをしてしまった。もっと注意深く、あの街の探索をすべきだったのか。そんな事は想いもしなかった。特に黒い柩を発見してからは、帰還を急いでしまった。



「あのクソ野郎が逃げたのはいい。なぜ、お前がそこに座っているんだ」


 あの人の後を引き継いだ司令官だったが、はっきり言って無能な奴だった。それどころか害悪をもたらしていた。あの人クラウディウスのおかげで、カメリアは良い方向に向かっていたのだが、アイツのおかげでカメリアは乱れ始めていた。若い娘を拐かし、気に入らない戦士を無茶な任務で亡き者にしていた。

 私がヘルクラネイムの探索任務を命じられたのも、小煩い者を遠ざける意味があったのかもしれない。あわよくば狼が始末してくれると……、今ではそう考えている。

 あの人が立て直してくれたカメリアを、これ以上汚されずに済んで、勝手に出て行ってくれた事をフィデスに感謝した。


「マヌエス大隊長はラタエ砦に貼り付いているし、ロゲリウス大隊長は食糧調達の長期探索任務に出ている。となると、カメリア防衛を任されている俺しかいないわけだが、有無を言わせず俺に押し付けて出て行ってしまったんだよ」

「ほう、信任厚いんだな」

「あ、いや、そうじゃなくて……」


 ふん、コイツは昔からそうだ。

 要領だけは良く、上位者に取り入るのが上手い。それで仲間を何人も見捨てている。司令官になった事を自慢したいのか、何か言いたそうだったが、はっきり言って耳が汚れそうで聞きたくも無い。


「それで司令官殿は、中隊を失ったわたくしめに何の御用でしょうか」


 思いっきり皮肉を込めて言ってやった。

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