第六八話 旧友との再会(ニ)
「まったく、いつも必要以上に触りすぎなんだよな、あの助平ジジイめ! 何が立派に育って嬉しいだ!」
「そう言う事じゃなくて、先生も素直じゃないから……、生き残って嬉しいって……」
ルシアが隣で宥めているが、それは火に油を注いでいるだけだ。そして、遂に爆発してしまった。
「だいたい昔からうるさいんだよ! 生きようが死のうが、あたしの勝手じゃねぇか!」
丁度その時にクローヴィスとボックスが、病室に戻って来たのだ。アウグスタは相当お冠で、しかもいつもと違い、ガラの悪い口調に二人は驚いた。
クローヴィスは、報告書を取りに病室を後にしたが、ボックスはボーっと診察を見ていたのだ。ルシアから冷たい視線で睨まれ、顎をしゃくって入口を示された。そう言う事に鈍いボックスも、さすがに出て行けと言われていると分かったのだが、大人しく出ていくのもカッコ悪いと思い、スープで汚れた服を着替えてくると言って出ていったのだ。
そして、二人が戻ってくるとガスパル医師の姿は既になく、アウグスタは煎じて貰ったのか、変な臭いがする薬草茶を不味そうに啜っていた。
医師といってもこの時代のヒト族の医師は薬師に近い。傷口を縫合したり、骨折をした場合には骨を繋げて固定などの手当ても行うが、それは戦士たちでもできる手当てだ。違ったのは、症状に対して適切な薬を調合する事だった。
「一ヶ月も絶対安静なんだって。その後も運動する時は、先生の監視の元やらなくちゃいけなくて、しかも……」
アウグスタの機嫌の悪さに、二人は何があったとルシアへ視線を移す。ルシアも二人の言わんとする事を受け取り、ガルパル医師の診断結果を小声で説明した。
「このままだと、戦士としての復帰は無理だって……」
そうか……。荒れていたのはそれが原因か……。
ボックスは、ルシアの説明を聞いて納得した。みんなを守る為、誰よりも努力していた。その努力を陰ながら支えていたガルパスに引導を渡されたのだ。
◆
ガルパル医師とアウグスタの付き合いは十五年以上にもなる。
アウグスタは、自分の両親もいつ産まれたのかも知らない。物心ついた時には、路頭で生活している子供たちの集まりに混ざっていた。
本来であれば、妊娠した女性や産まれてしまった子供たちは、安全な後衛の拠点へ移されるのが決まりだった。しかし、カメリアは、『捨てられた街』という側面を持っている。戦士、生産職に関わらず、他の拠点で問題がある者を送り出す街であった。
当然、街の管理をする戦士たちもやる気は無く、たまにやって来る輸送隊へ目についた子供を押し付ける事をするくらいで、率先して何かをするわけでは無い。それに漏れる子供たちも大勢いた。
子供たちの面倒を見る大人たちもいたがそれほど多くはなく、ここでは自分の面倒を見るのが精一杯だ。だからこそ子供たちも年齢に関わらず自分の事は自身でやらなくてはならない。泣いていても腹は膨れないのだ。
クラウディウスの改革以前のカメリアは、無法地帯と言ってもよい街だった。
クラウディウスとその仲間たちがやって来たのは、アウグスタが十歳くらいになった頃か。
クラウディウスが、まず手を付けたのは子供たちの保護だ。当時、ほとんど使われていなかった、戦士団が保有する倉庫を改装し、臨時の団を設立する。その指揮をとっていたのが、ガルパス医師だった。
ほとんどの子供たちは、暖かな食事と安心して眠れる寝床を提供されると知って、大人しく団に参加した。しかし、アウグスタたちは参加しなかった。散々、大人たちの甘言に乗せられ、酷い目に遭わされた者が多く、大人たちを信用していなかったからだ。
同年代の子供に比べて、アウグスタは体格が大きく、剣の腕前も並の戦士と互角以上に渡り合えていた。指揮する能力も秀でており、当時のカメリアの戦士団では、限定された環境下においては手こずるほどだった。大人に頼らなくても生きていけると思っていた。
クラウディウスにしても、そのままにしておく事はできない問題だ。カメリアは、北部へヒト族の勢力を拡大する足掛かりの拠点にしなくてはならない。街の治安に関わる事は減らしておきたいのだ。そこで自らの隊と共に、強行策へ出る事にした。
結果的には、全員捕縛された。
所詮は子供の集団だ。カメリアの能力の低い戦士には通用しても、クラウディウスが連れてきた精鋭部隊にとっては子供の遊びだった。
追い詰められたアウグスタは、勝ったら今まで通り自由に、負けたら大人しく投降する事を条件に、隊長と思われる戦士に一騎打ちを挑んだ。彼には益がない条件であったのだが、彼は受け入れた。後で聞いた話では、どんな形であっても納得してもらいたいと言っていた。それだけ剣の腕に自信があったのだろう、アウグスタの自負をへし折るのは一瞬であった。開始直後、喉元に剣を当てられ、何もする事がでなかったのだ。
『お前は強くなる。さらに上を目指し、仲間たちを救え』
彼は、そう言って手を差し伸べた。
私は、その手を掴んだ。決して勝負に負けたからではない。彼の言葉を聞いて、なぜかフィデスの教えが頭の中に浮かんだ。
その時は、フィデスを崇める事はしていなかった。どちらかと言うと私はフィデスを憎んでいた。どんなに祈りを捧げても応えてくれず、多くの仲間が理不尽にも死んでいき、世界に絶望していた。しかし、彼の手は温かく、その声は
慎重で疑い深かったアウグスタだが、この人だけは信頼してもよいと感じていた。そして、五年の時が経った。
私は、見習い戦士となっていた。今で言うところの新米戦士と同じ扱いだ。通常訓練の合間は、相変わらず団の子供たちの運動や剣の練習を監督させられていた。決して嫌な訳ではなかったが、あの路地裏で泥水を啜り怯えていた時を思えば、ここでの生活は幸せだ。みんな、痩せこけていた顔がふくよかになり、笑顔が溢れている。だから、みんなの笑顔を見るたびに強く想うのだ、早く恩返しがしたいと……。
なかなか願いは敵わない。それは仕方がない事だ。戦士団の殆どは、土木作業に従事している。カメリアの街を拡大し、防壁を高く厚く強化している。他にもリンディニスまでの街道整備や途中にある砦の強化など、戦士団だけでは無く、生産職も含めての大規模な工事に従事していた。それを狼の来襲の合間にやらなくてはならない。同年代の仲間より体格が良いと言っても、まだまだ筋力が弱い。だから子供たちの面倒を見る仕事を充てがわれたのは納得していた。
でも、それでも……それでも……、私はあの人の側にいたかった。忙しいのは分かっている。もう、一月も会っていない。彼は、街を出て南の街道で、工事の陣頭指揮をとっている。防衛施設が建設されていない一番危険な場所だ。寂しく、そして心配なのだ。
彼は、変わってしまった。
どこがどうと言われても言葉にできない。話をするといつもと代わりないが、それでも目の前を見ておらず、遠い何処かを見ている様だった。それに、がむしゃらに休み無く仕事をしていた。まるで自分を痛めつける様に、そう、輸送隊が来たあの日から……。
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