第六六話 力を欲する者たち(五)

 それからオレウスは能力を上げながら、白銀の騎士団と共に北部地域を転戦していった。



 グーガと出会ったのは、そんな時だった。百年以上も前の話だ。

 その当時からグーガは狡猾であったが、能力は最下級の狼と変わらないくらいだった。仲間を盾にして逃げ回り、死体を漁っていた。そして、ついた二つ名が《屍肉漁り》だった。

 狼族にとっては、とても不名誉な名のはずだ。戦場で傷つき動けなくなった者にとどめを刺して、コアを喰らっていた。

 こんな卑怯者は、すぐさま抹殺指令が出されるはずだが、命令は下されない。それどころか、気づかれずに観察するよう言われた。胸の奥にモヤをただよせながら、オレウスは仕方がなくその命令に従った。

 グーガは、しばらくの間、仲間の狼たちと戦場漁りを続けていたのだ。仲間が増えると、ある時からヒト族の集落を襲う様になった。

 

 ヒト族はコアを持たない最弱の種族だ。大戦以前には闇の王の保護下にあったそうだが、何の能力も持たない弱い種族である為、強者に狩られる事はなかった。しかし、強者同士の戦いに巻き込まれて、それまでの住処を捨てざる負えなかった。そして、北部地域を転々としていた。


 観察を行なっていたオレウスは、最初は飢えを満たす為に襲っていたのだと思っていた。それにしてはと小首を傾げていた。

 狼たちは、ヒト族を捕まえるとすぐに殺して食べる訳ではなく、かなり痛めつけて動けなくなってから食べ始めるのだ。それもまだ生きたままだ。それはあまりにも惨虐過ぎで、悲鳴に耐えられず、オレウスは交戦許可を求めた。しかし、それは受託されず、観察を続行せよとの事だった。


 試されているのか?

 言われた通り何もせず、観察だけしていた方が良いのか?


 迷いは一瞬だった。

《烈日の光芒》を起動すると、理力を最小限に発動させた。針の様な細い矢を生成し、同時に《幻術》を纏わせる。矢は周囲と同化し見えなくさせる。

 ヒト族は理力を持たない故に、標的として分かりにくい。逆に理力や源素が存在しない場所を認識すればよい。

 オレウスは、《知覚感知》でヒト族に集中する。すると何か異質なモノを感じた。理力でも源素でもない何かだ。それは、今まで感知した事がない、気配と言えばよいのだろうか。

 好奇心を芽生えさせたが、ヒト族の苦しみを終わらす事が先決だろう。

 細い光の矢を放ち、《不可視の矢》は、ヒト族の心臓を貫き、ヒト族は事切れた。

 突然死んだヒト族に、狼たちは何が起きたのか分からず、吠えながら仲間内で争い始めた。


 オレウスは、ホッと息を吐きとどめを刺したヒト族に祈りを捧げる。彼らは、どんな人生を歩んできたのか分からないが、こんな残酷な最期を遂げる贖罪を犯してはいないはずだ。彼らが言う死後の世界が本当にあるのであれば、今度こそは幸せな最期を迎えて欲しいと心から願ったのだ。


 そんな事を頭の中で考えながら観察していると、死んだヒト族の身体から緑色に輝くの炎の様なものが、揺らめきながら湧き上がった。すぐそばに居る狼たちは何も見えていない様で、気づいていない様子だった。もしかしたら《知覚感知》を最大限に引き上げ、ヒト族に集中していたからオレウスには視えたのだろう。

 その炎は、ヨタヨタと頼りない進み方をしていたが、オレウスの方へ向かった来た。敵意は感じないので、オレウスは何もせずその炎をジッと観察をしていた。やがて彼の元に辿り着くと、数回オレウスの周りを回り、宙に登って空へ溶け込む様に消えてった。


『苦しみから救ってくれて、ありがとう』


 気のせいだったのかしてないが、そんな声が聴こえた。

 


『それは、魂というモノです。分かりやすく言えば、思念体と言えば良いでしょうか。ヒト族のみが持つ特別な力です』

 

 白銀のアルヴに報告をすると、彼女はオレウスの疑問に答えてくれた。オレウスには理解はできなかったが、ヒト族という種族に興味を持たせるには十分だった。

 それからもオレウスは、狼たちの監視とヒト族の観察を続けていった。


 ◆


 数年が経過した。

 白銀の騎士団は、ノックスに近いヘルクラネイムの街に拠点を移していた。と言っても、団員は世界各地へ派遣されているので、この街を拠点にしている団員は、数名しかいない。オレウスもその一人で、念願のヒト族との交流を楽しんでいた。


 ただ残念な事に、オレウスはヒト族から子供扱いされて辟易としていた。見た目は可愛い子供、辛うじて少年くらいにしか見えないのだからヒト族にとっては当たり前だ。


『君たちより、何倍も生きているのに!』


 そう言っても取り合って貰えず、オレウスは憤慨していた。

 しかし、この素朴で心優しい種族は、北方地域に来てから荒んでいたオレウスの心に、清涼感と活力を与えてくれた。そんなやり取りも親密な交流と言っても良いだろう。

 それからのオレウスは、偵察へ出かけヒト族の集落を発見した時は、ヘルクラネイムへの移住を薦める様にしていた。



 膠着状態だった主戦場は、次第に南下を始めている。

 白銀の騎士団を追いやった拠点が、反乱軍に壊滅させられているのもそうなのだが、最も大きい理由は、《屍肉漁り》どもが力をつけてきたのも原因だ。反乱軍の戦力が向上し、均衡が崩れ始めたのだ。


 オレウスがヘルクラネイムへの移住を促していたヒト族の殆んどは、どうやら辿り着けなかった様だ。偵察時に多くのヒト族に出会ったが、意外にもあの異質な力を備えている者は沢山見つかった。しかし、それを使いこなしている者は殆どいないのだ。

 オレウスは、異質の力を持つヒト族に目印を付けていたが、危機に陥っていると分かった時には、既に遅かった。救おうと駆けつけてみると《屍肉漁り》に襲われた後だった。

 中にはかなり仲が良くなった者たちもいた為、オレウスは憔悴していった。怒りのあまり《屍肉漁り》どもを殺そうとすると、理由も継げず白銀のアルヴが止めに入るのだ。

 オレウスが刹那的になっていったのも、親密になった者を救えない精神的苦痛から逃れる為だったのだろう。


 世界は広く、オレウスの手は短すぎた。


 それから新たな任務で、オレウスは北部地域を去る事となる。


 


 百年ぶりに出会った《屍肉漁り》は、身体も大きく力を増して進化していた。そして、グーガと呼ばれていた。

 古代語で《型破り》を意味する言葉だ。

 その名のとおり、通常とは違う形で力を得ていた。

 

 グーガを筆頭に闇属性の者たちは、この数千年間王から祝福を与えられていない。闇の王テネブラエは、世界の何処いずこかに封印され、誰とも接触を図る事が出来ないでいる。だが、祝福を受けずとも彼ら闇属性者は明らかに強くなっている。


 彼らが出来るのであれば、オレウスにも出来るはずだ。手が短く届かないのであれば、伸ばせばいい。力が足りないのであれば、つければいい。大事な者を失う苦痛に比べれば、どんな手段であれ挑戦すべきだ。


 その答えは、目の前にいる巨狼が持っているのだから……。

 

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