第六三話 力を欲する者たち(ニ)
呆然としていたオレウスは、衛兵たちに見つかり、しこたま殴られた後、訓練所に連行された。訓練所でも教導官に叱られ罰せられたが、《烈日の光芒》は没収される事なかった。王から下賜された物を奪い取る事は、
それからのオレウスは、大変だった。受け取った時は、確かに弓の形であったが、いつの間にか二又槍の穂先の様に折りたたまれてしまった。それを弓の形にしようと、力を込めたり理力を使ったが、一向に変わる事はなく、教導官に聞いても何も分からなかったのだ。
ほとほと困り果ていたオレウスに、救いの手が差し伸べられる。
ある日、訓練所に新しい教導官として、
アンゲルスは、ルクスの眷属の中でも最上位の種族だ。ルクス直属の近衛兵でもある。背中に白い翼を生やし、空を飛ぶ事ができる。数千年前の『神々の大戦』時には、竜と共に闇の王の奇怪な軍勢と戦ったという。当時を知る数少ない古い種族だった。ヘリクリサムの一般住人では、会う事も叶わない。伝説の英雄だ。
しかし、訓練生の前に現れたリュカ・ソールは、ルクスの眷属とはかけ離れた姿であった。髪と瞳は銀色で、アンゲルスの特徴である翼は、カラスの様な光沢のある黒であった。その異様な姿に、期待に胸を膨らませていた訓練生たちは息を呑んだ。だが、尻込みをしていた訓練生の中で、オレウスだけは違った。
オレウスは、《烈日の光芒》を差し出すと「これを使える様になりたい!」そう言い放った。アンゲルスは、高位の理力使いとしても知られていたからだ。
リュカ・ソールは、教導官としては厳しいが、とても優秀だった。訓練生にとっては地獄だったに違いない。その教えについていけるのは、オレウスだけであった。いつの間にか、リュカ・ソールの訓練時間は、オレウス専用となっていた。それでも《烈日の光芒》を使いこなせるには、二十年の歳月が必要だった。
オレウスは、再びあの庭園に立っていた。
あの時と違ったのは、堂々と正面から入ってきたのだ。彼の力は格段と上がっていた。《屈折》を使い姿を風景と同化させ、気配を消す事で、衛兵たちの目を誤魔化したのだ。そして、誰にも咎められずここに来れたのだ。
《烈日の光芒》を弓の形にして、光の弦を張る。そのままの状態で、庭園をぼうっとしながら眺めていると、やがてゆらりとした気配を感じた。そちらに視線を移すと、突然王が姿を現した。
『思ったより早かったのね』
彼女は、感心しているかの様に、腕組みをして頷いていた。
オレウスは、その姿を見て小首を傾げた。
以前の王は、若くてみずみずしく活力に溢れている感じであった。しかし、今の王は、年老い何処か疲れている様に感じる。それは、顔の左半面を前髪で隠れているのが、翳りを産んでその様に見えているのだろうか。
『思った以上だわ。完全ではないにしても、私の術を破れるなんて、ねぇ?』
ルクスは、オレウスの反応に、ますます感心して別の誰かに同意を求めた。
オレウスは、もう一つの知っている気配の方向へ振り向いた。そこへリュカ・ソールが姿を現した。
ああ、やっぱり。
「そんな顔をするな。お前は十分偉業を達成したんだぞ」
オレウスは思わず顔に失望感を出てしまったのか、リュカ・ソールが慰める様に声をかけた。
「確かに使い方を教えたが、使い熟せる様になるのは、お前の努力と実力だ。アルヴの熟練の戦士でさえ、それを使いこなせる者は多くないのだぞ」
『そうよ。その形に維持するだけでもかなり消耗するのだから……。これだけ長時間維持しているのは、私に見せる為でしょう』
上位の二人に褒められているのだが、オレウスの心は悔しさでいっぱいだった。あれだけの歳月をかけて、鍛えてきても上位者の二人には、赤ん坊が初めて歩いたほどの感動しか与える事しか出来ていないのだ。この方たちを驚かせるくらいの力を手にするには、どれ程の時間と努力が必要なのだろうか。
『オレウス、約束は果たすわ。外の世界へ行っていらっしゃい』
下唇を噛んで俯くオレウスへルクスは微笑みを浮かべてたが、少し寂しそうだった。彼女は約束を守った。そして、彼の肩に手をかけて腰を屈める。顔を同じ高さにして、オレウスの目を見つめて、さらに言葉を続ける。
『今度は、私と約束をして、無事にまたヘリクリサムに戻って、この庭園に帰ってくると、貴方の成長をまた見せて、それが私の喜びなのだから……』
◆
『また、衛兵に捕まらなければ良いのだけど……』
喜び勇んで駆けていくオレウスの後ろ姿を見守りながら、頬に手を当てて心配そうにルクスは呟いた。
「残念ながら、今の奴を捕まえられる軍団兵はおりますまい」
リュカ・ソールは、眉間に皺を寄せ、渋い表情で断言する。
かつて栄光を博した《不断の光明》軍団は、見る影もない。『神々の大戦』によって失われた戦力は、数千年経過しても未だに回復をしていない。長命の種族の
仕方なくアルヴたちから訓練生を募り、軍団を組織していた。北方の獣人たちが起こした動乱に、その軍団を投入しているがどうやらかなり押されているらしい。
それは北方だけではなく、世界各地で不穏な気配が漂い出し、住人の間では『闇の王が復活なされたのでは』と噂され始めているという。闇の王は、未だ封印状態であるのは分かっているので、根も葉もない噂だが、『
その様な状況で、リュカ・ソールはオレウスの才能を見出し、探索任務に参加させようと思っていた。それは、ルクスも同じなのだろう。だからこそ、訓練生でしかないオレウスに、《烈日の光芒》を下賜したのだから。
「アイツには、北方に行ってもらおうと思っています。貴女の妹君もいらしゃいますので、経験を積むには良いでしょう」
それを聞いたルクスは、途端に不機嫌となり、頬を膨らませてそっぽを向いた。
「そんなこと言って、
いつもは厳粛な雰囲気を醸し出しているルクスだが、非公開の場といえ普段のルクスと違い子供ぽい様子に、リュカ・ソールは戸惑った。
「貴方だって、私を裏切って
ああ、その事か……。
リュカ・ソールは、ルクスの機嫌の原因を悟った。そう、今の彼はルクスの眷属では無い。『神々の大戦』が終わった後、更なる力を追い求め、ルクスの元から出奔したのだ。
それは、敬愛するルクスの為でもある。
そのまま、ルクスの元で支えても自身の強さの限界がみえていた。闇の軍勢との戦いで、それを思い知ったのだ。闇の軍は、今までの戦いとは違った戦法で攻めてくる。だからこそ、ルクスの元を去り、多くの種族と交流を持つ為に旅立った。
「クスッ、久しぶりに貴方のそんな顔を見たわ」
揶揄われたのか……?
先程の機嫌の悪さは何処へ行ったのか、ルクスは少し意地の悪い笑顔を浮かべていたが、直ぐに満面の笑みを浮かべる。それは、雲の切れ間から覗いた太陽の様だった。
どうやら、久しぶりに合うことが出来たかつての眷属と触れ合いたかったかもしれない。
「でも……、くれぐれも気をつけてね。味方だと思っていた者が敵になる事もあるのだから……」
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