第六二話 力を欲する者たち(一)

『何しに現れおった? 王を騙る偽者風情が!』


 巨狼の前に立ち塞がったソフィアが、言葉に怒気を含ませ言い放つ。


『フンッ、狼族の半数を率いているわれが狼王を名乗って何が悪い! 角付きの馬ごときがほざくな!』


 巨狼の強力な殺気に当てられ、アウグスタは膝が砕け崩れ落ちた。何とか片膝立ちで耐えているが、心の底から恐怖を感じ、歯がカタカタと鳴るのを止める事ができない。その圧力は、まるで心臓が鷲掴みにし、握りつぶそうとしている様だ。

 そのまま前屈みになり、胃から逆流してきたものを激しく嘔吐する。それでも楽になるどころか、さらに不快感が増し、溢れ出る涙と目眩で目の前が暗闇に包まれる。そして、意識が途切れ自分の吐いた汚物の中へ倒れ込んだ。


「あ〜、二人とも? いや人型じゃないから、二者かな〜。程度の低い言い争いは、やめた方がいいんじゃないかな」

『ルクスの奴隷が、口を挟むな!』

「いや〜、真王から見たら、みんな奴隷みたいなもんじゃないかなぁ」


 オレウスは、常々思っているのだ。

 この世界で生きるには、力が必要だ。それには、真王へ忠誠を誓い祝福を授かる事が必要なのだ。忠義を示していけば、更なる祝福を得られ強大な力を得る事ができる、それが定説だ。別にそれが嫌なわけではない。

 オレウスが嫌いなのは、ヘリクリサムに引きこもって偉そうにしている連中だ。下位の者をこき使い、奴らは王の側を離れようとはせずに、王を奉る事だけを生業としている者たちだ。王に依存し離れられない、それは奴隷と何が違うのか。


 オレウスは気づいた事がある。

 奔放に生きていても、自分の様にルクスは公平に力を授けてくれる。ヘリクリサムを飛び出してから、何度も生死に関わる困難を乗り越え、相手のコアを取り込んだ。その度、自身が強くなっている事を認識している。今では、あの腰巾着どもよりも強くなっているだろう。この百年近く、ルクスから祝福を受けてはいない。それでも強くなっているのは、どういう事だろうか。ヘリクリサムの教導官たちは、コアの搾取だけでは強くなれないという。王の祝福を得なければ、強くはなれないと思っているが、本当にそうだろうか。

 みんな王に依存をしているのでは?

 そう気付くと、自ら奴隷となっているのではないかと思う様になった。祝福を受けずとも努力していれば強くなれる。いや、逆かもしれない。強く成ろうと努力せねば、いくら祝福を受けたとしても強くはなれない。だからこそルクスは、《烈日の光芒》をオレウスに与えたのではないだろうか。


 ◆


 アルヴは産まれてから約三十年ほどで、ヒト族の少年期と同じくらいの体格となるが、それからゆっくりと成長していく。そして、百年をかけて精神と理力の鍛錬に費やす。その修練を終えると、そこで初めて大人と認められるのだ。


 オレウスの所属するウル氏族は、アルヴ七氏族の中で最も人口が多い。幼年期の間は、親や村の有力者の元で基礎課程を学ぶ。少年期に入るとヘリクリサムへ集められ、王の元で高等課程を学ぶのだ。辺境で生まれ育ったオレウスも、期待を胸にヘリクリサムへ渡ったのだ。

 光の国中から集められた子供たちは、それぞれの能力ごとに訓練を科す為、まずは試験をする。オレウスを担当した教導官たちは、驚愕したのだ。驚くべき事に彼は理力に長けたアルヴの中でも飛び抜けた才能を持っていた。天才と言って良いだろう。

 驚いたのは、オレウスも同じだった。故郷では一番下の年少であった為、周囲の大人たちに比べて能力が劣っていた。負けず嫌いな彼は、ヘリクリサムで能力を上げて見返してやろうと、楽しみにしていたのだ。

 実際には、オレウスの能力は圧倒的で、あろうことか教導官よりも遥かに上回る能力を発揮した。故郷では、突出した能力ではなかったのに、なぜかここでは驚かれるほどであった。他の訓練生を見ると、どうやらオレウスほどではないにしろ、辺境出身者の能力が高い様であった。

 

 訓練が始まると、故郷では当たり前の事だったのに、同世代の仲間たちは、教わった様にできない事を不思議に感じていた。それでも大人しく鍛錬に励んでいたのだが、五年ばかりしで飽きてしまった。アルヴにとっては一瞬だが、好奇心旺盛なオレウスにしては、よく持った方だと改めて思う。

 与えられる修練は、卒無くこなしてしまえるものばかりで、興味を惹くものも無くなり、オレウスは次第に外へ目を向ける様になっていた。時折訓練から脱走し、街を散策する様になっていた。その範囲は、街に留まらず王宮にまで移っていた。


 ある日オレウスは、自分の《隠蔽》を試す為、遂に王宮に侵入を果たした。特に何をする訳でもないが、バレずにどこまで行けるか試したかったのだ。当たり前の事だが、王の警護を担当する兵士たちは優秀だ。いくら才能あふれるオレウスでも、彼らの目を誤魔化せるまでには至ってなかった。王宮に侵入して早々発見され、追い回される事となる。やがて庭園に逃げ込み、騒ぎが治るまで身を隠そうとしていた。そこで光の王ルクスと初めて出会う事となった。


 王宮の庭園は、色とりどりの花が咲き乱れているが、色合いごとに整然と花壇が形作られている。王宮の上階層から見渡すとルクスの象徴である太陽の紋を形作っている。

 追われているオレウスは、当然だがのんびりと観覧する余裕はない。隠れるのに最適な場所を探していたが、都合の良い場所を発見する事は出来なかった。

 視線を感じてそちらを伺うと、可憐な花々に囲まれて、微笑みを浮かべた女性が佇んでいた。まるで突如として現れた様だった。いや、誰も居なかったはずだ。だからオレウスはこの庭園に入ってきたのだ。


 金色の長い髪を微風に遊ばせ、新緑色のチュニックに同系色の帯を巻き、丈の短いピッタリした濃緑色ズボンに、植物の樹皮で編んだサンダルを履いている。まるで、《太陽の花》が擬人化した様であった。

 彼女は身の周りに金色の光の粒を纏わせ、微笑みを浮かべながらゆったりとオレウスの元に近付いてくる。彼女が進むとその足元では、蕾であった花が開き、彼女の為に花の道を作っていた。


「花の精霊!?」

『あらまぁ、それは嬉しいわ』


 彼女は、細く繊細な指先を頬に当て、コロコロと笑った。


『でも、違うわ。私はルクス、貴方たちが光の王と呼ぶ存在です』


 オレウスは、絶句した。自分たちの崇める存在が目の前に姿を現したからだ。本来であれば、直ぐに膝間つかなくてはならないが、あまりの驚きに立ち竦んでしまった。


『貴方の事は、ずっと観てきました。どうやら道が見えなくなっている様ですね。私の仕事の一つは、貴方たちを良い方向へ導く事』

 

 ルクスは、オレウスを発見すると、王宮の騒ぎの原因だと直ぐに悟った様だ。いや、後から考えると、どうやらこの庭園に誘導された様にオレウスは思った。


『貴方に、この弓を差し上げます』

 

 王は怒る事もなく微笑みながら、変わった形の弓をオレウスに手渡したのだ。そしてこう言った。


『この弓の名は、《烈日の光芒》。その弓を扱える様になったら、外の世界へ旅立つ事を認めましょう。それを使えない様では、認める事はできません』

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