第六一話 救出(三)
「もっと速く! あと少しなのに! お願いだから!」
汗でびっしょりとなっている馬に、クローヴィスは拍車をかけるが、既に巡行速度も出せなくなってきている。それはそうであろう平原に入ってから全速だったのだから。
全速で駆けると狼より馬の方が速い。しかし、耐久力では圧倒的に狼の能力の方が高い。しかも奴らは、理力を使えるのだ。いざとなれば、身体強化をする事で速度を増すこともできる。途中追跡を振り切れずにいると、突然狼たちは止まった。クローヴィスたちは、これ幸いとその隙をついて、追跡から逃れる事ができたのだ。
隊長の手助けをしようと
何とか向かっているが、馬の疲労が限界に達しようとしている。そもそもヒト族に飼われている馬は、繊細な種族だ。これだけ多くの狼に追い回された事で、精神的にもかなり参っているのだろう。
クローヴィスが目を先にやると、いつの間にか巨大な狼がアウグスタと対峙していた。もう一人戦士が居たはずだが、今は見当たらない。殺されてしまったのだろうか。
自分一人が行ったところで、何も変わらず、死人が増えるだけかもしれない。だが、アウグスタには恩がある。何の縁故も無く、この地に来た自分に良くしてくれた。その恩を今ここで返したい。クローヴィスは、そう決意を胸に向かっているが、間に合いそうにない。
ああ、何とか頑張ってくれ!
クローヴィスは、馬の首を優しく摩ったが、頭を上にあげ口から泡を吹き始めていた。
「やぁ、クロ君。お困りの様だねぇ」
場違いなのんびりとした口調で、オレウスがいつの間にか近寄ってきた。
「ありゃ〜、グーガだよ。ソフィア」
『うむ、あの小狡い奴が、表立って出て来るとは……余程アレが欲しいらしいな』
二人っと言っても片方は
しかし、そんな二人に対して腹が立ってきた。何故、力があるのに戦わない。非力なヒト族が、これだけ戦い死んでいるのに……。
「何でそんなに悠長なんだよ! 隊長が殺されそうなんだぞ!」
そんなゆったりと落ち着いた二人に対して、クローヴィスは怒りをぶつけた。
『落ち着け小僧! おいオレウス、アレをやってもいいぞ』
「えっ、いいの? ほんとに? ウシシ、じゃ〜、ガンバちゃうよ!」
ソフィアが、叱責しクローヴィスを黙らせると、オレウスに促す。何やら許可をされたオレウスは、喜び勇んで変わった形の弓を取り出す。しかし、その弓には弦が張られていない。
「何で! まだ弦を張ってないなんて! 今まで何やってたんだよ!」
「まあまあ、観てなよ。ボクの《烈日の光芒》を!」
クローヴィスの癇癪をいなして、オレウスは弓を構えた。
弓を持つ左手に理力を加えると、握りの金属部分が虹色に輝き始める。その輝きは、本体を金の装飾を伝わり、弦輪に到達する。弦輪の宝石が虹色の輝きを増すと、上下の弦輪から引き合う様に、金色の細い光が伸び繋がる。光でできた弦の様で、その光の弦に指を当て引き絞ると、弦から左手の握りに向けて水平に光の線が現れ延びていく。それは、成長し太く長くなっていく。まさに光の矢だった。
オレウスは、同時に《領域知覚》を起動させ、目標に固定する。さらに《誘導》を光の矢に付け足す。これで相手の回避力が、オレウスの能力を上回っていない限り、絶対に外す事はない。
「ウ〜ン、そろそろいいかな。そ〜れっ!」
オレウスが放った光の矢は、弓から離れた瞬間、急激に成長し槍と呼んでもよいくらいの大きさになった。それは、巨狼に向かっていくが、寸前で巨狼も気付き避けた。躱された矢は、曲線を描き、平原をこちらに進んでくる荷馬車へ向かって飛んで行く。そして、荷馬車を襲おうとしていた狼の頭に見事に当たり吹き飛んだ。
「ヨ〜シっ! 狙い通りだよ〜」
オレウスは、右手を振り上げ機嫌良く叫んだ。
「おい! 外したぞ! あのでっかい狼は避けたじゃないか!」
クローヴィスは非難の声を上げるが、オレウスは理解できなかった様子で小首を傾けている。
「あれじゃ、隊長が襲われる!」
「あれあれ〜、クロ君って意外と冷たいんだね〜。友達が危機だっていうのに〜」
頭に血が昇っていたせいか、クローヴィスは荷馬車に乗っていたボックスとルシアの事を忘れていた。オレウスに言われて、冷や水を浴びせられた様に燃え上がった怒りが消え、冷静さを取り戻した。
荷馬車でも狼に飛び掛かられる寸前だったのだ。オレウスが倒してくれなければ二人は殺されていただろう。たとえアウグスタを救えたとしても二人が死んでしまえば、きっとクローヴィスは後悔し、長い間苦しむ事になる。オレウスは、三人だけではなく、クローヴィスも救ったのだ。
光の矢を曲げるなんて……。
巨狼を牽制しつつ、荷馬車を襲おうとしている狼を倒すには最良の攻撃だった。
クローヴィスには、理力がどういったものか分からないが、発動した力を誘導させるのは、物凄く高度だと戦士候補生時代に座学で習い知っている。そもそも身体の外へ理力をを放出する事自体が難易度が高いそうだ。
普段は傍迷惑な行動をとって、周りに混乱を撒き散らすオレウスだが、本来はかなり高位の理力使いなのだろう。冷静になってみると、その様な考えが頭の中に浮かび、理解が追いつかない。
とあれ、放心しているクローヴィスを置き去りにして、オレウスとソフィアは疾風の如く突き進んで行く。そして、アウグスタを庇う様に巨狼との間に入り込んだ。
「やあやあ、グーガ君、久しぶりだね」
『グーガよ、森の闇に潜んでおる其方が陽の下に何用じゃ』
オレウスとソフィアは、それぞれの想いを胸に宿敵と対峙した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます