第五七話 領域知覚
『ソフィア、頼んだよ』
『承知した』
通じ合う相棒がいることは頼もしいもんだ。移動はソフィアに任せて術の発動に集中できるしね。
オレウスは、大きく息を吸うように、源素を身体の中へ取り込む。それは身体の隅々から浸透してくる。皮膚を貫き、筋肉へ染み渡る。そして、血液が流れるように、身体に入った源素はコアを目指して集まって行く。コアに集まった源素は、直ちに理力へ変換されて、コアがある胸の奥が熱くなっていく。その流れは肉体へ喜びを与え、全身が活性化していくのがわかる。湧き出る力の奔流に恍惚感を覚え、力の衝動が高まっていった。だが、その欲求には耐えねばならない。
もっと、もっと理力を生成しなきゃ……。
全身に力を巡らせながらも、オレウスは理力の発動を抑える。身体の隅々まで満たしていくのだ。肉体を活性化させ潜在能力の解放を促していく。
本能に赴く様垂れ流すのは、未熟者のすることだよ。折角、生成した理力が無駄になる。熟練の理力使いは、発動まで力の波動を洩らさないからね。
しかし、ここの狼どもには、手強そうな者はいないようだね。多少強そうな
そろそろかなりの理力が溜まったようだ。理力を細い糸のように生成する。これはかなり難しい。何度も練習して、やっとのことでできるようになったのだ。それを四方八方へ広げていく。その糸に感覚を乗せると視界が広がるような感じになる。ここからでは見聞きできない場所でも、糸を通して頭の中に情景が浮かび上がる。
難点は実際肉眼で観ている光景と、この知覚で感じている光景が入り混じる所だ。それには慣れが必要だったけど、数限りない訓練をしたおかげでそれも慣れた。
《領域知覚》っと言ってたっけ。
これは、なかなか良いものだ。光属性には無いものだけど、教えてもらって正解だった。他の能力と重複して活用していけば、さらに力を増すことができる。
より多くの理力を加えると、不可視の糸はさらに広がって行く。
アウグスタが、こちらを見て会釈をしてくる。
ボクたちが力を貸すことへ感謝の意を示しているのだろう。義理堅いというか礼儀正しいっていうか、ソフィアはこういった所を気に入っているようだが、ボクに対しては気にすることはない。この力を使うきっかけを作ってくれたのだから……。
知覚の領域は平原を覆うくらいの大きさに展開した。時間をかけて生成した理力の大部分を消費したけど、本来だったらこれだけ大きな理力を発動させるには、数十人の使い手が必要だ。燃費効率が良いため、それを一人で使える。さらなる向上も見込めるって言ってたな。
六王の軍団でも生み出せていない源理を創り出す《
誓約にある新しい理術の被験者になることや他言無用などは、条件と呼べないだろう。誰がこの素晴らしい力を好き好んで他人に教えてやるんだ。
思わず口元が緩んでしまった。
アウグスタと対面しているのに、余計なことを考えてしまった。おや? どうやらアウグスタは、誤解してしまったようだけど、まぁ、いいか。それよりも狼の数を把握しておかなければ……。
領域知覚にかかっているのは……、三十頭か。斥候にしては数が多いなぁ。狼どもの動きはよく分からないけど、大規模な攻勢を企んでいるかもしれない。
アウグスタの部隊との戦力比としては一対一であるけど、能力差では圧倒的にヒト族の分が悪い。砦の部隊がどれだけ動いてくれるかが、この部隊の生き残りの鍵だ。しかし、現時点では砦の動きは見られない。それよりも狼の動きの方が早い。
「赤玉三つ! 用意!」
視認に頼りざる得ないヒト族としては、準備が早い。幾多の経験からアウグスタも罠の可能性を考えていたのだろうけど、狼どもの動きの方が早いね。十頭を前面に割り当て、挟み込むつもりだ。
まずは、後方からそこへ追い立てるように襲ってくる。
「後方、狼視認!」
「発射!」
砦への援軍を期待してのことだけど、狼にとっても同じことだ。奴らは、長い間戦ってきただけあって、ヒト族を熟知しているから、銃声は狼たちにとっても作戦開始の合図にもなっちゃうよ。
銃声によって森に隠れている狼たちも動き始めてた。
何やらクロとアウグスタが言い合っているけど、そんなことしている場合じゃないよ。先陣を襲ったことで、二陣の荷馬車隊も混乱してるし……。
しかし、おかしいな。奴ら、殲滅目的にしては、個々に動きすぎている。それに、森の中に一頭、動かない奴がいる。
『ソフィア、どう思う?』
『明らかに柩の奪取を狙っているが……ふむ』
ソフィアに意見を聞くため、《領域知覚》を同期した。これで、この平原で活動している者たちを感じ取ることができる。それをソフィアにも見せたのだ。
『なに?』
『我であれば、まずは馬を狙う。ヒト族の走る速度は、高が知れているからな。
『まぁ、確かにね』
『しかし、あの者どもは、それをせずに、我先にヒト族を襲っている。愚かな行為だ』
ソフィアも同じ意見だった。
確かに、大紫狼でも低位の奴らだが、命令には忠実だ。動きを観ていると、柩の奪取が目的のようでもある。が、大部分の狼は、ヒト族を襲うことに熱中している。喰うわけではなく、殺すことに……。
『なんでだろうね。ソフィアはなんか知ってる?』
『いや、我は知らぬ』
そもそも、今回の依頼も変だ。
あの黒い柩を『ヒト族に回収させろ』と……。
確かに、彼らがいなければ発見することも困難だったに違いない。あの神殿に入ることもできなかったからだ。だが、このままであれば、目的地目前で全滅してしまうだろう。
自分の知らない所で、勝手に歯車にされるのは納得いかないが、ソフィアの言質も取っていることだし、少し力を貸そう。
「さて、そろそろボクの出番かな」
オレウスは、新しい自分の能力を試せることに、期待で高揚感を抑えることができなかった。
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