第五六話 アウグスタ中隊の奮闘(ニ)
荷台でヒヨッコどもが何やら騒いでいる。
「ちょっ、ちょっとぉ、クロー君。なんで乗らないの?」
「ああ、私は馬で行くよ」
と言って、クローヴィスは、既に装備を整えている馬に飛び乗った。そのことについて、インゲルスは前もって聞いていた。
「なんでぇ、じゃ〜あたしも〜」
「バカ! 俺らの任務は、この柩の見張りだろうが! 第一、俺らの馬はこの馬車に繋がれてるんだし、騎乗できる馬はねぇよ!」
ルシアは、槍使いであるから寄ってくる狼を追い散らすのに丁度良いし、ボックスは弩の命中率が高い。荷馬車の守護には適任だった。それに、アウグスタの意向だ。
「クローにもなんか考えがあるんだろ。行かせてやれよ」
「うん、ルシアのこと頼むよ、ボックス」
「そんなこと、言われんでも分かっているって!」
「あ――、ちょっと――」
クローはそう言い残すと馬を翻し駆け出した。
これから狼と戦闘になるかもしれないのに、緊張感のない奴らだ。まぁ、緊張しすぎで、いざ戦闘になった時、錯乱されるよりかはマシか。とはいえ、こいつらは既に戦闘経験者だ。もう、ヒヨッコとは呼べないが、まだまだだな。
しかし、クローの奴は、黒狼四頭を剣で
ちょうど、インゲルスが考えをまとめた時、先陣のカリウスたちが出発した。続けて第二陣であるこの隊も出発させる。
「おら、行くぞ! 舌噛んでも知らんからな」
今だに、
先陣のカリウスたちが速度を上げたことで、その差は徐々に開いていく。馬車の速度もかなり出ているが、これ以上の速度を出すと車輪への負荷が不安だ。道の形を保っているとはいえ、常時使われている道ではない。草原を走るよりマシだが、荷台の二人の悪態をつく声から察すると、いつ荷物の束縛が解かれてもおかしくはないのだろう。しかし、速度を落とすことができない。さっき銃声が三回鳴った。狼どもが
◆
もうすぐ道が折れ曲がる。速度を出している荷馬車には難所だ。インゲルスは、手綱を軽く引いて馬の速度を落とし始める。先頭を走る護衛の二騎と相対的に距離が広がった。左側後衛についていた一騎が馬車を追い抜き、前衛に出た。右側後衛の者は、道から外れて真横につく。最後衛の二騎が馬車の真後ろにつき、自然と半円陣を作ることとなった。左側が手薄になるが、森が突き出ている所を過ぎたら元に戻そう。確認のため、一度後ろを振り返ると、ボックスとルシアは言われずとも分かっているようで、左側を用心し武器を構えている。
それぞれの騎手の動きを把握して、インゲルスは視線を前方に戻した。カリウスら先陣の部隊が森にかかろうとした時、変な動きをした。疑問が浮かぶ前にその答えが姿を現し、紫の影が先陣の部隊に重なった。数人の戦士が巻き込まれ落馬する。
暗紫色の塊と戦士が揉み合っていた。それを避けようと反射的に手綱を引いて、インゲルスは荷馬車を右側の平原へ飛び込ませる。危うく右側を守備していた騎馬と接触しそうになったが、彼も同じ反応をしたことでことなきを得た。
大紫狼! クソッ、待ち伏せか!
「インゲルス、俺たちが時間を稼ぐ、その間に砦へ急げ!」
護衛の戦士が叫ぶと、短槍を片手に身を翻し、道へ引き返して行く。その後を二騎の戦士が続いた。
「左から狼!」
ボックスが大声で知らせる。
悲鳴が聴こえた。
インゲルスは、そちらに視線を移すと、残りの護衛の騎手が向かって行ったが、狼がそれを弾き飛ばしたのだ。そいつは、今までの狼と違い、馬よりもさらに大きかった。しかも速い。荷馬車に体当たりしようと左側に突っ込んで来る。
「左! 来ます!」
ルシアが悲鳴気味に声を上げると、激しい衝撃に馬車が軋んだ。左の車輪が浮き上がったが、馬車の進路を右側に変えたことで横転を免れた。狼の体当たりは数度にわたり繰り返され、砦へ進路を向けることができなかった。
「インゲルスのオッサン! コイツ離れねぇ!」
俺は、オッサンじゃねぇ! アウグスタと同い年だ!
的外れな文句を浮かんだが、どうやらまだ冷静さを保っているようだ。護衛がいなくなった状態でどうすべきか……。
狼の奴は、馬車を横転させようと体当たりをしてきたのかと思ったが、行先を見ると疑問が解けた。平原を大きく円を描いて、
なんてことだ! アウグスタの率いる小隊は停止し、狼どもに囲まれている。助けようにもこちらの身も危ない。
何としてでもこの荷物を持ち帰ってやるからな! そう決意して、進むしかなかった。
そのまま、さらに進路を右へとり、道に戻るように馬車を操ったが、この狼はそれを許さなかった。後ろへ下がったと思いきや今度は右側に移動して、砦への進路を妨害してきた。
思わず振り向くと狼と目が合い、奴は笑いやがった。こいつは、ただの狼とは違う。明らかに高度な知性がある。
「ダメ! 槍が刺さらないよぉ」
近付いてきた狼にヒヨッコ二人は槍で応戦しているが、ルシアの怪力でも突き刺すことができないようだ。
突然、馬が嘶いた。
荷馬車に何かの負荷がかかったことで、速度が落ちていく。車輪から悲鳴のような軋み音が聴こえた。度重なる狼の体当たりに、車軸へ重大な損傷を受けたのだ。かなりまずい状態だ。
狼は、それを好機と見るや荷馬車へ飛び乗ろうと跳躍をした。インゲルスは、手綱を強く叩くが、馬車の速度は上がらない。
クソッ! あいつらのためにも持ち帰りたかったのに! ああ、これで馬車は大破するだろう。
覚悟を決めて、衝撃に備え身を固くした。
その時だ。アウグスタの部隊で何かが輝いた瞬間、空中を跳んでいた狼の頭を吹き飛ばした。そのまま狼の巨体は、馬車の脇へ落ちて後方へ流れて行く。
「何があったんだ!」
「わ、わかんねぇよ……」
後ろの二人を見ると、頭を抱えているルシアを庇うように、ボックスが槍を構えていた。その顔は、蒼白で震えていたが、覚悟を決めて眼光は鋭い。こんな時でなければ、戦士の顔になったと褒めてやりたかった。
そうも言っていられない。
砦はもう少しなのだ。考えるのは後だ。
インゲルスは、馬に鞭をふるい馬車の速度を上げようとしたが、無情にも馬車は悲鳴を上げた。
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