第四三話 アウグスタ

「お前たち! こんな所で何をしている!」


 女性とはいえ、戦場で鍛え上げられた肉体から威圧感が溢れ出る。その掠れ気味な低めの声は雷鳴の如く、三人に襲いかかった。


『大丈夫よ。まぁ、見てなさい。それと、私のことは内緒にしておいてね』


 クローヴィスも立ち上がり、隊長の所へ一歩踏み出そうとした時、モーリアンが遮った。


『あっ、そうそう、頭の中で強く念じれば、私と話せるからね』


 

「あっ、そ、そのぉ……」

「はっ! 怪しげな建物を発見したので、調査を行なっていたのであります!」


 何か言いたげなルシアを制して、ボックスが直立不動の状態で簡潔に報告を行う。いや、簡潔すぎて、それでは突っ込まれるだろう。ボックスと中隊長は、同じ団で姉弟として育てられた。だからなのか、これが一番被害が少ないと彼は心得ているのだ。


「お・ま・えは〜、昔からそうだ! そんなんじゃ、分からんだろうが! 第一、あたしは言ったよな。街に入るなと!」

「あうっ、い、痛! イタタタ、痛いって!」


 アウグスタは、女性でありながら、ヒト族の平均的な男性よりも背が高い。ボックスよりも頭一つ分差がある。両手の拳をボックスの側頭部に押し当て、そのまま挟み込んで持ち上げた。彼女は、拳に捻りを加え、その度にボックスの頭から軋む音がするような気がした。

 

「お前もだ、ルシア!」

「ひっ!」


 ボックスを持ち上げた態勢のまま、今度はルシアを睨みつける。


「ま〜た、新しいものを発見して、何も考えず飛び込んでいったんだろう!」

「そ、その、お姉ちゃん……」

「隊長だ! 何度言わせるんだ!」

「ひゃっん」


「い、いや、ルシアは、俺やクローを止めようと……うごっ」

「お前は、黙ってなっ!」


 アウグスタは、さらに力を込めてボックスを締め上げた。そして、最後にクローヴィスの方を向く。二人と違い、口調が変わった。


「クロー、この子たちを止めてくれないとダメじゃないか」

「いえ、隊長。これは私の失態です。二人を責めないでください」


 クローヴィスは、背筋を伸ばして胸に手を置き、頭を下げた。妖精族式の敬礼のやり方だ。妙に大人びた顔立ちをしており、妖精族が行ったように様になっていた。もともと、美しい少年だったが、その仕草は魅惑的だった。


 アウグスタは、息を呑み顔を赤らめた。思わず両手の力を緩めて、ボックスを解放してしまった。その隙に、ボックスは四つん這いで距離を取り、頭を抱えていた。


「でも、そのおかげで、こんな素晴らしい場所を発見することができました」


 クローヴィスは、この広間を讃えるように両手を広げた。そして、アウグスタにその素晴らしさを紹介するために、片腕を広間へ、反対の手を彼女に差し出した。まるでそれは踊りに誘うような仕草だった。しかし、次の瞬間、彼は顔を曇らせた。


「こんなに素晴らしい場所ですが、残念ながら持ち帰ることはできません。けれども、これを見てください」


 満面の笑みを浮かべ、黒い柩に触れる。


「何が入っているのか分かりません。見た所、何の素材でできているかも分からない。だからこそ、これはとても価値があると思います。妖精族にも興味を引くでしょう。これくらいならば、持ち帰ることもできるのではないですか」


 クローヴィスの洗練された態度と話し方に、アウグスタは息を飲み込んだ。彼の魅惑的な美しさに、飲まれそうに感じ、激しく頭を振ってその感情を抑えた。


「た、確かにその通りだ。しかし、今回は偵察が主任務だったから馬車を持ってきていない。運ぶにしても……」

 

「姐御、それは何とかなりそうですぜ。確か、カリウスの班が、鉄製の車輪と車軸を見つけたと騒いでいやがった。それが使えれば、そこらの廃材で荷馬車程度なら作れるかもしれねぇですぜ」 

「う、くっ、インゲルスお前もか! どいつもこいつも、隊長と呼べと言っているだろうが!」


『ほらね。大丈夫だったでしょ』


 モーリアンが、誇らしげな感じの声でクローヴィスに囁いた。

 


 金属製の車軸や車輪を生産するには、型に溶けた鉄を流し込める大型炉や熟練の鍛治師が必要だ。そのための人材や設備が乏しい辺境では、貴重品だった。本来であれば、荒れた辺境にこそ耐久力のある馬車が必要だったが、辺境の要望は却下された。


 ステラテゴ政策決定機関にも言い分がある。

 戦士団の各大隊が、単体でも長距離移動を行えるように、大隊に付属する輸送小隊の編成を行なっていた。それだけでは不十分で、馬車を整備する技術者の育成も求められる。それはどうしても時間がかかるものだ。十分な設備を持っているカイン城を中心に進められていた。


「そういえば、隊長。よくあの回廊を通れましたね」


 クローヴィスは、疑問に思いアウグスタに問いかけた。

 主人モーリアンは、あの回廊を『静寂の恐怖』と言っていた。多分、精神力の弱い者は発狂してしまうのだろう。だからこそ、そこを通り抜けた私たちに興味を持ったのだと思う。


「ん、何を言っているんだ? そんなもの無かったぞ」


 アウグスタは、開きっぱなしの扉へ向けて顎をしゃくった。扉から中庭が見え、数人の戦士が辺りを警戒していた。


『どう言うことですか』


 少し感情を昂らせ、クローヴィスはモーリアンに尋ねた。

 

『貴方たちが通って、役割を終えたんじゃないかな。もっとも、私が創り出したわけではないし……』



「おねぇ、た、隊長は、なんでここに来たの? ウギっ」

「何をのんびりしたことを言っているだ!」


 怒声と共にアウグスタは、ルシアの頭に拳を振り下ろした。


「三日も経っていいるんだぞ!」


 中隊は、三小隊三十人で編成されている。

 それを一班三人に分け、十班でこの廃墟の街に探索へ入ったのだ。クローヴィスたち三人は、一番経験が少ないため、入口付近の警戒にあたるように残された。

 

 朝と夕方に、それぞれ班は、居場所や安全を確かめるため、必ず狼煙か信号弾を上げることを義務付けていた。アウグスタによると、四日前の朝に狼煙が上がって以降、一つの班の連絡が途絶えた。

 

 翌日の朝、定時連絡の際、クローヴィスたち三人が居るはずの入口付近で、狼煙が上がっていないことに気づいた。そのため、全班を集合させて、入口付近に引き返したのだ。狼や怪物の襲撃も考えられたため、慎重に戻ったのでかなりの時間を費やし、その日は崩れていない城壁で夜を明かした。

 

 昨日の朝、本格的に探索を始めると、争った形跡はなく馬の足跡を発見した。こちらの方向で、探索開始の信号弾を確認していた班もあった。市街地の探索では信号弾の見落としはよくある話だ。

 そこで、アウグスタは中隊を二つに分けることにした。

 アウグスタは、第一小隊を率いて、足跡を追いながら城壁外周を辿る経路を進み、第二、第三小隊は、副長のカリウスに任せ、市街地からこちら側へ向かうようにした。

 結果的に、外周を回ったアウグスタの第一小隊が早くたどり着いたのだ。

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