第四四話 中隊集合

 アウグスタ中隊長に、三人は表に連れ出された。

 太陽の位置は、この神殿に入った頃と同じくらいの高さだった。体感時間ではそれほど経ってはいないと感じるが、実際には三日経っていると言う。


『あの中は、時間の流れが外と違うようね』

『貴女も知らないのですか』

『閉じ込めたれてから随分と経つし、世界がどうなっているのか楽しみよ』


 モーリアンが、機嫌良さそうに語った。


 とりあえず、食事をしながら情報交換という尋問が始まった。今は、第一小隊長のインゲルスが、四名を率い神殿内の調査にあたっている。その他の隊員は、見晴らしの良い場所へ散らばり食事をとっている。見張りの役割も兼ねているのだろう。

 話を進めると、第一小隊は、途中で三人の足跡を見失い、再び探し出すのに苦労したとなじられた。捜索に時間がかかり、昨夜は石造の橋で一泊したそうだ。

 

 その話を聴き、三人は先輩たちに迷惑をかけてしまったことに、申し訳なく思っていた。クローヴィスたちも、なぜか惹かれるようにここに辿り着き、神殿を発見したのだと彼女に報告を行った。

 怪物どもに遭遇しなかったのが幸いだと、安心感と少し怒りを交えた複雑な表情をアウグスタはしていた。


『なかなか、楽しそうね。色々な感情を感じて、とても美味しいわ』

 

 

 この街に来てから獲物となる動物がいないので、食事といってもカメリアから持ってきた携帯食と水でしかない。携帯食を口に含むとアウグスタ眉間に皺を寄せた。


「そろそろ、まともな食事をしたいものだ……」


 彼女は、そう呟いて残りの堅パンを革袋に戻してしまった。それを見て、クローヴィスはますます申し訳ない気持ちが溢れてきた。少なくとも三人は、オレウスに美味しい食事を振る舞われた。アイツは何処へ……。


「そういえば、オレウス・ウルというアルヴが居たはずですが、彼は何処に。彼に、私たちが神殿に居ると聴いたのですか」

「そんな奴は居なかったぞ。我々がここについて、捜索を始めようとすると、その建物の……神殿か? その門が勝手に開いたんだ。どうするか、躊躇していたら、中からお前たちの声が聞こえたんだ」


 何処へ行ってしまったのだろう。後から行くと言っていたが、三日も出てこないから死んだと思って……。


「僕のこと、呼んだかい?」


 突然、背後から声をかけられたことに驚いて、その場の四人は立ち上がった。少し離れたところで、見張りをしていた戦士たちも同様で、各自武器を片手に走って彼を取り囲む。


「何者だお前は!」


「これは失礼。私、光の王ルクスに仕えるオレウス・ウルと申します。お嬢さん」


 オレウスは、妖精族の礼をしつつ、片手を差し出した。

 彼は、クローヴィスと共に過ごした生活感がある服装から戦闘用の装備に変えていた。

 光の当たり具合で、金色や銀色に変わる目の細かい鎖帷子を膝上まで纏い、裾には動きやすいように切れ込みが入っている。身動きしても音がしない不思議な金属だ。腰で赤茶の皮帯を締めてまとめている。その皮帯には、左側にアルヴがよく使う細身の長剣を帯剣が、右側には木でできた二又槍の穂先のような物が吊るされている。帯と同じ材質で、金糸の刺繍を施されている肩当てが首まで覆い、上半身の防御力を高めている。



 オレウスの挨拶を受けて、普段、あまり女性扱いを受けていないせいか、アウグスタは顔を赤らめ後づさりしていた。

 

「お、お嬢……さん…だと……」

 

「姉ちゃん、気をつけたほうがいいぞ。そいつ、見た目は綺麗だが、猛毒を持っているぜ」

「猛毒って、酷いなぁ、ボックスは」


「おいボックス! オレウス・ウルさんに失礼だろ! それに隊長だ!」


 ボックスに、内心を読み当てられ、アウグスタ恥ずかしさを隠すように怒鳴りつけた。

 ヒト族は、一般的にアルヴに対して、その賢さと強さ、そして美しさに憧れを抱いている。彼らのヒト族へ向ける子供に対するような振る舞いに、あこがれへの反抗心だとも言える。子供が親に向けての反抗期があるように……。


「オレウスは、何をしていたんだい? 僕らは、どうやら三日も中にこもっていたようだし……」

「や~、クロー。なんか、雰囲気が少し変わったようだね。君たちに続こうと準備を終えて、向かったんだけど、やっぱり僕はんだ。しょうがないから、あたりの偵察をしていた」


 本来の仕事をしていたんだよ。と、気を悪くしたようにも見えず、オレウスは明るく語った。


「それに、君らの仲間がやって来るのを知らせようと思ってね。ほら」


 オレウスが、指し示した先には、土煙が上がっていた。しばらくすると、騎馬の集団が現れ、先頭に副長のカリウスの姿が見えた。


 ◆


「おいおい、ヒヨッコども、あまり世話かけさせんじゃねぇぞ!」


 機嫌が悪そうな、カリウスの第一声がそれだった。だが、それはクローヴィスたちに向けてでは内容だ。


「なかなか大変だったぜ。街のつなぎ目、あそこは戦で破られたんだろうな。瓦礫と白骨の山だ」

「こちらでも、外壁がほぼなくなっている場所があった。カメリアへ戻ったら、地図の更新をしておこう」


 アウグスタとカリウスは、お互い得た情報を交換していた。この街の破壊は、徹底されていた。ここに拠点を作るとしてもかなりの時間と資材、労力が必要だと確認された。小部隊が、長期に渡り駐屯できる安全地帯は、現在のところ発見されていない。


「……それに、あのアルヴの小僧め、さんざん俺たちをからかいやがって!」


 それを聞いて、クローヴィスたち三人の視線は、自然とオレウスに向かう。

 そんな雰囲気に気づいたカリウスは、視線を追ってその先を見た。瞬時に顔色が真っ赤に変わった。



「て、てめぇ〜、こんなとこにいやがったか!」

「あはは、人数が多いと追いかけっこも楽しいね」


 悪びれた様子もなく、満面の笑みを浮かべて、追いかけてきたカリウスをいなしながら逃げ回る。

 クローヴィス三人は、何があったのかを察して、頭を抱えた。

 何があったのか分からないアウグスタが、ちょっと慌てて止めようとしていた。


『フフフ、あの子、ルクスの子なのに、気が合いそうだわ』

 今まで、黙って聞いていたモーリアンも愉快そうな思念を送ってくる。


 

「何をしているんだ?」

 そんな混沌とした状況の中、インゲルスが調査を終えて戻ってきた。彼は、小首をかしげクローヴィスに尋ねた。クローヴィスは、簡潔に経緯を話すと、インゲルスは軽くうなずき混沌の中へ入っていった。


「姉御、簡単ですが調査を終えました。あの黒い柩は、台座に固定されているわけではないので、持ち出し可能です。ただ……輸送用の馬車は必要でしょうね。おい、カリウス! お前たちの班が見つけた車軸は使えそうなのか?」

「……ああ、土台部分は大丈夫だ。荷台部分を……作るなきゃなんねぇが……」


 インゲルスの問に、息絶え絶えでカリウスが返答した。


「あの野郎が、ちょっかいだそうとしてたから持ってきたぜ」

「せっかく〜、ボクが手伝うって言ったのに〜」


 カリウスから逃げ切ったオレウスが、少し離れたところから残念そうに話に入ってきた。本当に手伝おうとしていたのか、遊んでいたのか、クローヴィスは頭痛を感じ始めた。

 多少の混乱があったものの、荷馬車を修理して、柩を運び出すことに決定した。

 オレウスが、このあたりに危険はないと保証していたが、念のために宿営地は神殿の中庭に設置することとし、荷馬車の修理はそこで行うことにした。

 

「まぁ、気持ちはわからんでもねぇがな。姐さんにあんまり心配させんな。彼女の慌てぶりは、見ものだったぞ」


 隊の皆がそれぞれの役割に動き始め、クローヴィスたちも手伝いに入ろうとしていた時に、カリウスに引き止められて苦言を呈された。それぞれの頭に軽く叩くと、彼は手を上げて、仲間の元へ向かっていた。

 三人は、改めて自分たちの行いが、隊の皆に迷惑をかけたのだと胸に刻んだ。こんなにも優しい先輩たちを自分の甘えで失いたく無かった。


「おいっ、カイウス! なんか言ったか」


 アウグスタのかすれた大声が響いた。

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