第四二話 祝福

「モーリアン様、貴女は何者なのですか」

『私ですか。そうですねぇ。貴方たちに分かりやすく伝えると、優しい姉に隠れた残虐な双子の妹と言ったところでしょうか。昏き闇を抱える者よ』


 そう言えば、貴方も双子でしたね。と彼女は優しい声で続けた。


「い、いえ、僕はそんなもの抱えていませんし、なんで双子と知っているんです」

『フフフ、この街は私の庭のようなもの。外からの侵入者を調べることなど、造作の無いことよ』


 モーリアンは、愉快そうに笑い声をあげた。

 彼女曰く、種族に関係なく他人の内面を視ることができるそうだ。実に百年以上誰にも会うことが無かったため、訪れた者に興味を引くのは当然だろうと。他人と話すことが何よりも嬉しいと言っていた。


『でも、結界で誰も近寄らないし、たまに訪れるあの子の仲間は、護符アミュレットによって話すこともできなかった。ふむ、なぜ貴方たちを入れたのかしら……』


 彼女は、考え込むようにしばらく沈黙していた。

 クローは、その隙にそっと柩から手を離そうとするが、何かに掴まれているかのように離れない。

 ボックスとルシアに助けを求めようと口を開いたが、なぜか声が出ててこなかった。自由になる手を振っても二人は、壁画や彫像の調査を行なっているらしく、背を向けたままだった。


『ウフフ、せっかく訪れたのだから、もっとお話をしましょう。あの二人には、私たちの会話の邪魔にならないように、集中力を上げておいたわ。今は絵や像を調べるのに夢中なのよ』


 クローの焦りを感じ取ったモーリアンが、その疑問に答えた。

 

 どういうことだろうか?

 彼女は人の行動を操作できるのか?

 その考えへ至ったクローに、口元を弓形にするような思念が届く。

 

『私が何者かというと、ファラネンという種族なんですよ』

「ファラネンって、七王と同じ種族の!?」


 しかし、モーリアンという名の王はいなかったはず、七王の眷族だろうか?

 七王には、同胞たる種族のファラネンが多く仕えている。彼らは、王ほどではないが、世界に影響を及ぼすほどの力を持っていた。王の眷族であれば、一柱であってもおかしくはない。しかし、それでもその下に仕える眷属たちがいるはずだ。


「そんな方が、なぜこんな所に? いや、ここも凄い建物ですが……」

『昔、ちょっとしたオイタをしてしまって、こんな所に閉じ込められてしまったの』

 

 彼女は何気ない世間話の調子で話しているが、オイタとは、ひょっとして……。

 クローは、壁画を横目でこっそり見た。そして……。


『誰でもあるでしょ、こんな世界なんか滅びてしまえ!って願うこと』


 僕らは、会ってはいけない人に出会ってしまったのだ。そう頭に浮かぶと背筋に冷たいものが流れた。


「いやいや、思ったとしても実行するなんて……。だ、第一、僕はそんなこと……」

『嘘はよくないわ。心の底に煮えたぎる憎しみを感じるもの。力を求める渇望を。それは、私も同じだから、欲しいのでしょ、何者にも屈しない力を!』


 彼女の強い言葉を聴いたクローは、久しく忘れていた感情が、自身の身体の奥底からフツフツと湧き上がってくるのを感じた。セネルの団に移り、そして、ボックスたちと出会ってからは、なりを顰めていた昏い感情だ。


 熱い! 痛い! ああ、胸が張り裂けそうだ!


 クローは、内から湧き出る昏い紫の奔流に身を焼かれる。それに抗うように胸を掻きむしるが、抑え切れず声にならない悲鳴をあげた。


『すごい精神力ね。さすが、あの回廊静寂の恐怖を耐えきることだけはあるわね。でも、なぜ抵抗するの? 心が命じる欲求を受け入れれば痛みは治るわ』


 モーリアンの優しい声がクローを侵食する。それは、甘く魅惑的で心を溶かすようだった。


 確かに、なぜ自分は抵抗するのか?

 クローは、自問自答する。この心地よさに身を任せれば、苦痛は治るはずだ。答えはすぐに分かった。そう、妹のクラウディアのことだ。

 自分に何かあれば、妹は悲しむし、その後が心配だ。彼女は、忌子いみことして一人で生きていくことは難しい世界だ。だからこそ、屈することはできない。それに何か良くないことが起きる、そんな予感がする。


『否定することはないわ。それもあなたの力なのだから、受け入れなさい。ああ、なるほど、大丈夫よ。貴方の目的を達成する助けになるのだから。妹を救いたいのでしょう』


 その言葉に、クローヴィスは堕ちた。

 死にそうなくらいの痛みは瞬時に消えさり、高鳴る心臓の音ともに、胸の奥底から熱い何かが堰きを壊した濁流の如く、それは身体中を巡り力が満ちていく。今までには考えられないほど、何者にも負けないと感じる力だ。これで妹を救うことができる。


『慢心してはいけませんよ。それは、まだまだ小さな祝福。今後の働きで、もっと大きな力を与えてあげるわ』

「何なりとお申し付けください、我が主よモーリアン様。ここから出ることをお望みでしょうか?」


 呼吸を整えると、改めて姿勢を正してから黒い柩の前に両膝で跪き、クローヴィスは頭をたれた。

 

『もう封印は解かれて、ここから出ることはできるけど、幸せな夢に浸っている人がいてね。彼女にとっては、外の世界は残酷すぎて辛いことばかりだったから……。ここはある意味安全なの。隔絶された退屈な世界。だから、ずっと待っていたのよ。誰かが訪れてくれるのを』


 

 モーリアン様は、誰かを気にするように意識をそらしたが、再び私に対して思念を送ってきた。


『今の私には、長い年月によって理力を失い肉体を具現化させることができません。理力を回復させるために、この柩を運び出してほしいのです』

「大変申し訳ありませんが、我々だけでは、安全に御身を運び出すことは無理です」


 主人の最初の御下命であったが、祝福を与えられて力を増したといえ、カメリアへの運ぶ手段が無かった。この街は安全のようだが、その先危険地帯を通らないと帰還できない。だからお叱りを覚悟して、一度帰還後した後に大隊規模でお迎えに上がると意見具申をした。すると彼女は『面白い冗談を言うのね』と大笑いをした。


『この弱った身では、獣ごときに負けるとも』


 優しげな声色を変え、主人はその言葉に怒気を含ませた。私は、その力に身をすくませた。どうやら我々とは次元が違うようだ。彼女は、元の優しげな声で続けた。


『……それに、輸送は大丈夫よ。そろそろ援軍が……』


 

 モーリアンが口をつぐむと、入口の扉が蹴破られるように激しく開いた。

 まずは、弩を構えた男が二人、飛び込んできた。その背後から大楯とグラディウスを抜いた大柄の二人が進み出てきた。そして、両手持ちの大剣を肩に担いだ女傑も現れる。本来は美しい顔をしていたのだろう。しかし、左耳は半分くらい千切れ、三本の醜い傷跡が左の顔面を損ねていた。それが歴戦の戦士だと表している。

 彼女は、クローヴィスの上官で、この偵察中隊の中隊長のアウグスタだ。


『ほらね』


 モーリアンの愉しげな声が、クローヴィスの頭の中に響いていた。 

 


 

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