第三四話 一つ目の正体

 塔へ戻ると重労働が待っていた。

 篝火へ新たな木材を焚べておく。これで朝までは持つだろう。

 先程の戦闘でおいて置いてきた装備は、一つ目が自分の装備を持って来る時に、ついでに回収してくれた。次に一階の扉は、ルシアによって完全に破壊されたため、他の部屋から家具を調達しなくてはならなかった。

 意外だったのは、自分たちとそれほど体格が変わらない一つ目が軽々と家具を運んで、入り口を封鎖してくれたことだ。妖精族との力の差を感じた。


 最も大変だったのは、気を失った二人を塔の最上階へ運ぶことだ。勾配がきつく、滑りやすい階段はどんな訓練よりもこたえた。今は亡き、この塔の設計者をクローは呪いながら登って行った。

 前を行く一つ目は、ルシアを背負いながら鼻歌交じりで、易々と進んでいき、やがてクローの視界消えて行った。

 クローが、最上階に着いた時には、太腿がパンパンになっており、尻もちをついた。ボックスには悪いが、少し乱暴に床へ寝かせた。


 一つ目は、すでに焚き火を起こし、鍋で湯を沸かしながら、材料を入れていた。クローは、その様子にイラッとしたが、まだ仕事は終わらない。

 ルシアが警告弾を撃ったため、他の班は様子見をしているのだろう。夜の間は、余程のことがない限り、即撤退にはならないはずだが、現状を知らせておいた方が良いと思う。


 ルシアの銃は壊れてしまったが、クローとボックスの銃がある。時間が少しかかったが、黄、青、青の信号弾を打ち上げた。意味は、『警戒したが、問題は無かった』という知らせだ。これで、警告弾は帳消しになるはずだ。

 実際には問題はあったが、今はなんとも言えない。だから、そのような知らせを送った。

 しばらくすると、緑の信号弾が三発上がった。『任務をそのまま継続せよ』の合図だ。


 合図を確認すると、クローは安堵して座り込んだ。このまま、眠り込みたいほど疲れ切ったが、腹の虫が鳴った。何やらいい匂いがしてきたせいだろう。


「ほ〜い、スープができたよ〜」


 一つ目が、暢気な調子で椀を差し出して来る。


「身体もあったまるし、疲れも取れるんだよ。もちろん味も逸品さ」


 クローは、それを受け取って、添えられた木のスプーンでかき混ぜて具をさらう。なんだか見たことない具材で見た目はアレだが、訝しみながら一口啜ってみた。

 今まで味わったことの無い深みがある味わいで、絶妙な塩加減で疲れた身体に染み込んでくるようだ。微妙な見た目の具材を噛み締めると、少しピリッとした感じが、身体を温めようとしてくれる。その味わいに、一杯目をあっという間に平らげてしまった。


「いっぱい作ったから、どんどん食べてよ! ほれほれ」


 クローの食べっぷりに満足したのか、機嫌良さそうにレイドルを振り回している。

 その様子に表情を崩したが、ふと思い苦笑した。


「お前、いつまでその顔にしているんだ?」

「ん? おお、そういえば、特に支障は無かったからね」


「いやいや、充分に支障はあっただろうが!」

「え〜、面白いと思ったんだけど、すごーく驚いたでしょ、ねっねっ」


「そういうのはね。時と場所を選ぶもんだよ」

「ふ〜ん、つまんな〜い。レナ・シーみたいなこと言うんだね」


 一つ目は不満そうに言いながら、手を顔に当てる。手をどけると白く端正な顔立ちが現れた。鼻筋は通っているが小さめで、女性のようなぷっくりとした血色の良い唇を不満そうに尖らせ、クリっとした大きな金色の瞳が幼く見せている。

 それほど多いわけではないが、クローが見たことのあるアルヴでは一番若いと思う。その可愛らしい姿に息を呑んだが、聞き捨てならない名前を出した。


「え? レナ・シーって、ひょっとして双眸を閉じた純白のアルヴ?」

「そうだよ。よく知ってるね。レナ・シーってさぁ、ひどいんだよ。だってさぁボクばっかり、コキ使ってさぁ……」


 しばらく一つ目は、レナ・シーに対しての文句を並べ立てていたが、クローの耳には入ってこなかった。幼き頃のクローヴィスとクラウディアを救ってくれた、純白のアルヴを思い出していた。

 お礼も言えず別れてしまい、名前すらも後にセネルから聞いたのだ。せめて感謝の念を伝えたかった。

 戦士となり、行く先々で彼女の行き先を探していたが、足取りが掴めなかったのだ。

 手がかりがこんな所で手に入るなんて……。


「……ねぇ、ねぇったら、聞いてる?」

「お前! レナ・シー様を知っているんだな! あの方は今どこにいらっしゃるんだ!」


 クローは、一つ目の肩を掴み揺さぶりながら、レナ・シーの行方を問いただした。


「痛い! 痛いなぁ! さっきからお前お前って、ボクにはオレウス・ウルって立派な名前があるんだからね! 第一、人にものを聞く態度がなってないよ!」


 オレウスは頬を膨らませ、機嫌を損ねてそっぽを向いた。


「あ、ご、ごめん……僕が悪かった。ずっと探していた人の手がかりがやっと見つかって、思わず興奮してしまったんだ」

「……で、何が知りたいわけ」


 横目でクローの様子を見つつ、彼の真摯な姿にため息をつき、機嫌の悪そうな低い声で質問を促した。


「あの方は、今どこにいるんだ? もしかして、この場所に来ているのか?」

「なんでそんなこと、知りたいの? ボクらにとっても大事な人だからね。そう簡単に教えられないよ」

「ああ、あの方は僕たち兄妹の命の恩人なんだ……」


 クローは、ボックスとルシアに語ったように、自分たちとレナ・シーの出会いをオレウスにも話したのだ。


 ◆


 オレウスも内心、冷や汗をかいていた。

 今回の任務に不満を持っており、思わず口を滑らせてしまった。クローに語らせるまでもなく、オレウスは彼のことを知っていた。今回の任務の目的は、クローヴィスを守り、無事にカメリアへ帰還させることだ。


 ヒト族は臆病な種族だ。

 自分たちの領域は断固として守るが、外に出た者たちは、問題が出るとすぐに巣穴に逃げ込む、それがアルヴの認識だった。

 それは仕方が無いことだとオレウスは思う。彼らには、力が無いのだから。

 だから今回のつまらない護衛任務も少し脅せば、さっさと彼らは戻るだろうと思っていた。そうすれば、本来の戦いに戻ることができるだろう。オレウスは、その可愛らしい外見とかけ離れて、かなりの戦闘好きだった。


『神々の大戦』は、まだ終わっていない。

 戦い方が変わっただけで、今だに続いているのだ。敵も分かったのだろう。多くの種族を滅ぼしたが、大規模戦闘だけでは、この大戦に勝てないことを。それだけでは、世界は揺るがない。


 世界の裏側で続く戦闘に、オレウスは身を投じたかった。だが、我が王ルクスは、レナ・シーの元にオレウスを派遣した。王の命令は絶対だ。拒否することは、許されない。

 レナ・シーから与えられる任務は、護衛、探索、監視などオレウスの能力をもってすれば、忍耐が必要だが、彼にとっては簡単なものばかりだった。そして、不完全燃焼な状態で数十年経ってしまった。だから今回も遊び半分で行っていた。


 しかし、不確定要素が起きた。

 ヒト族は、力を持ち始めている。まだまだ弱い力だが、コアを持たない彼らがなぜなのか。


 一生懸命に話している目の前のヒト族を観る。

 胸に光り輝く小さな炎が見える。

 それは多色に変わる万物の輝き。


 フフフ、面白い……。


 その輝きが、どう変わるのか。

 面白い暇つぶしができそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る