第三三話 悪戯好きな妖精の騒動

 長い金髪から覗くのは、顔一面に大きな一つ目と両耳までに避けた口から、これまた大きな舌が垂れ下がっていた。光が乏しい状況だといかにも不気味に見えるだろう。

 異能を発動しているクローには、昼間と変わらなく視えている。いかにも作り物のようで、うっすらと本当の顔が分かる。幻術の類だろうか。


 ルシアには化け物としか見えず、盛大な悲鳴と警告弾で応えた。


「おわぁ! ちょっ……、うひゃっ!」


 一つ目の小僧は身軽で、至近距離で発砲したルシアの警告弾を交わし、背後で赤い光の華が咲いた。ルシアの悲鳴に反応して、ボックスも弩の矢を放ったが、それもすんでのところでかわした。


 あまりにも動揺をしていたのか、ルシアは引き金を何度も引いていた。それに気付き、今度は銃身を握り、一つ目小僧に殴りかかる。


 そりゃ、単発銃だからね。

 銃を棍棒がわりに使うとは……、彼女を怒らせないように、気をつけよう。


 銃を無茶苦茶に振り回しているように見えるが、ルシアは銃把の重みを活用し、遠心力で速度と威力を生み出している。彼女の棒術は目を見張るものがある。繰り出される衝撃波で遺跡が粉砕される。それを一つ目の小僧は、ヒョイヒョイっと機敏に避けていく。回避力には余裕がありそうだ。が……。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと、待って〜! おわぁっ!」


 一つ目小僧は、何か言おうとしているが、絶妙な場面でボックスの矢が飛来してくる。ルシアは、ボックスの有効範囲に追い込んでいるようだ。矢を避けると今度はルシアの攻撃が迫る。

 二人の連携に、意外と翻弄されているようだ。

 そろそろ、仲を取り持った方が良いかと、クローは考える。


「あ〜、二人ともそれくらいにしてあげたら」

「何言ってんだ! お前も呑気に見てないで、手伝えってっ!」


 ボックスは、そう言いつつ、弩に矢をつがえている。


「そいつは、イタズラ好きな妖精だよ。お前もそろそろ正体を表したらどうだ」

「うう、分かったよ」


 一つ目は、クローに答える。ルシアの攻撃をいなすと軽々と跳躍してクローの背後に着地した。


「クロー君! 危ない!」

「そこを退け!」


 二人が同時に叫び、ボックスはクローに弩を向けた。


 クローは、疑問が浮かんだ。なぜ、執拗に彼を攻撃するのか?

 確かに、最初は驚いて、反射で攻撃をしてしまうのは仕方がないかもしてない。それは、日々訓練で反復しているからだが、二撃目以降は、『落ち着いて対処せよ』と事あるごとに教え込まれている。よく見れば、作り物の仮面のようなものなので、よくみれば分かりそうなものだが、二人は本気で倒そうと攻撃を緩めなかった。


 クローは小首を傾げ、さらに目に力を込める。

 辺りは、赤紫色のモヤが漂い、ルシアとボックスに纏わりついている。


「あれは、闇の力だよ。ヒャウ!」


 クローの疑問に応えるかのように、背後から一つ目が声をかけた。ボックスの矢がクローを掠めた。彼がクローの背後から顔を出したのだろう。

 普段のボックスであれば考えられないことだ。矢が逸れれば、クローに当たるのだから、そんな危険は犯さない。


「何かに操られているのか?」

「そうだね。ボクがここに来たのも、それを調べるためだからね」


 一つ目が、クローの背後にいる間は、さすがに二人も攻撃を加えようとはしなかったが、退くように呼びかけながら、位置を移動している。


「なんとかできないのか? このままだと、また攻撃されるぞ」

「う〜ん、彼らに危害を加えることになるけど、いいかな?」


「殺さないようにして欲しい。僕の友達なんだ」

「大丈夫だよ。ちょっと、気を失ってもらうだけだよ」

「分かった。やってくれ」

「りょ〜か〜い」


 間の伸びた返事を聴くと、一つ目の気配が背後から消えた。すると、うめき声が聞こえボックスが倒れるのが見えた。その瞬間、クローに向けて矢が射出される。


「おうわぁ」


 地べたに伏せて、なんとか矢を回避したが、クローの頭の上を風切り音が通り過ぎていった。


「おい! 僕が死ぬ所だったじゃないか!」

「あはは、ごめんよ。今度は気をつけるよ」


 ボックスが倒れた場所に一つ目が現れると、クローは怒鳴りつけた。


「ボックス!」


 ボックスが倒れたのを見たルシアは、表情を怒りに歪めて一つ目に突っ込んで行く。その瞬間、強烈な閃光が辺りを包む。

 ルシアは目が眩み、突進を止めた。


「うぐっ」


 その隙に一つ目がルシアの背後に現れ、首元へ手刀を加えた。ルシアは、その衝撃で二、三歩よろめいたが、片手で背後に銃を振り、一つ目に反撃をする。


「うひゃ」


 まさか反撃がくるとは思わなかったのか、一つ目は尻もちをついてかわした。そのまま、地べたを転がりながら距離をあけて立ち上がる。


 ルシアが、一つ目へ追撃に出ようとすると、反対側へ銃を振る。クローが鞘付きの剣で、彼女の銃を叩き落とそうしたのだ。彼女が銃を振り抜くと、あり得ない力でクローを吹き飛ばした。


「イツツ、なんなんだあの力……」

「彼女、すごいね」


 クローは、転がり起きると、いつのまにか一つ目が側にいる。


「でも、早く止めないと、彼女、死んじゃうよ」


 一つ目も少し焦り気味だ。

 ルシアが、こちらにゆっくりと歩いて来る。目と髪が毒々しい赤紫色に染まり輝いた。


「どうすればいい」

「君には、申し訳ないけど、ちょっと本気を出すよ」


「お、おい……」

「大丈夫、死にはしないよ」

『生きているだけになるかもだけどね』


 そう言うと一つ目の全身が、金色の輝きに包まれる。クローの前から消えた瞬間、ルシアの前に忽然と姿を現す。すかさずルシアは、銃を振り下ろし、一つ目は金色に輝く左腕で受けた。

 甲高い音が響くとルシアの銃が砕け散り態勢を崩す。その隙に一つ目が彼女の懐に飛び込み、右の掌を彼女の胸に当てた。


 ボゴッと低く鈍い音がし、彼女は目を大きく見開いた。


「グッ、ガッガガッ」


 彼女は、胸をかきむしりながら、声にならない悲鳴をあげて地面をのたうち回った。しばらくするとゆっくり立ち上がり、声にならない悲鳴を上げているように口を大きく開けて、見えない何かを掴むように右手を握りしめた。そして、糸が切れた人形のように力が抜けて、後ろへ倒れ始める。それを一つ目がルシアを受け止め、優しく地面に寝かせた。


「ルシア!」


 クローは駆け寄り、胸が上下しているのを見て安堵した。すでに赤紫色の輝きは消え、いつもの艶やかな黒髪に戻っていた。


「で、どうなんだ? 大丈夫なのか?」

「う〜ん、強制中和をしたからねぇ。ボクは治癒師じゃないから分かんないや、えへへ」


「えへへじゃないだろ! 二人になんかあったら許さないからな!」

「そう言われても、不用意にここへ近寄った君たちにも責任があるんだからね!」


 そう言われるとクローは冷や水をかけられたように、頭に登った血が、急激に落ちた気がした。何かに呼ばれているような気がして、ここまで来てしまったのは自分の責任だ。特にルシアは、止めようしてくれたのに、彼女を危険に晒してしまった。


「とりあえず、二人を君らの野営地に運ぼう」


 落ち込んだクローにため息をつきつつ、一つ目は提案した。彼がノソノソとボックスを背負いはじめると、ため息をついた。


「君たちにとっては、ここはとても危険な場所なんだから……」


 一つ目は、神殿を見上げて呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る