第三十話 漆黒の治癒師

 アルヴの治癒師は大抵、髪も瞳の色も緑色であるが、その治癒師はヒト族と同じく、漆黒の髪と瞳の色をしていた。アルヴの特徴である、少し尖り気味の耳の形と猫ような瞳孔を備えているが、それ以外はヒト族と変わらない。

 セネルとも馴染みらしく、滞在すると長時間、お茶を飲みながら世間話に花を咲かせていた。


 ある時、クローヴィスはセネルと治療師の会話を聴いてしまった。

 特に盗み聞きをする訳ではなかった。妹の症状を緩和するのに、何かできることはないか詳しく聞こうと治癒師の元に訪れたのだが、部屋から話し声がこぼれ出ていた。いつもの様に、雑談に盛り上がっているかと思いきや、その内容は聞き捨てならないもので、ノックをしようとした手を思わず止めた。少し開いた扉の隙間から、部屋の様子を伺いながら、内容に聴き入ってしまった。



 漆黒の治癒師が言うには、この団の者と同じく、各地に異能を持つ者が少なからずいるそうだ。

 かつてノックスには、ヒト族の異能を持つ存在を調べる研究機関があり、特殊な能力を持った子供たちを集めていた。

 大抵は体力のない子供の時期に亡くなってしまうが、成人しても生き延びる者がいる。それでも長く生きることはできない。


『短い命であるならば、有効活用せねばなるまい』


 研究者の中には、そう考える者もいた。

 彼らは、カインの再来を望んでいる。

 英雄カインは、人外の力を持っていたという。


 カインがどの様にして、その力を得たのか分かっていないが、大抵の狼ならば剣や槍で屠っていたと記録に残っている。

 最後は、狼の王と戦い敗れてしまったが、その戦いのおかげで多くのヒト族が難を逃れ、ノックスに移り住むことができた。それが英雄譚として語られ、戦士たちの憧れでもあった。

 英雄カインの研究者は、異能者であったのではないかと推測し、異能の研究も始めた。もちろん、異能者を助けたいと善意もあったはずだ。


 治癒師もその研究に携わっていたそうだが、ノックスでの研究は、兵器としての研究に傾いていったそうだ。その後、ある実験の失敗で多大な犠牲と損害をもたらした。実験と研究は禁止された。

 ステラテゴと妖精族の管理の元で行われていたが、禁止されて以降、携わっていた多くの者が姿を消した。その者たちが、どこかで密かに研究を進めているようだ。



 最近、異能を持つ者が、神隠しに遭う事件が多発しているそうだと、漆黒の治癒師はセネルに警告をした。その地域の者は厄介者が消えたと、安堵しているそうだ。

 一応、戦士団が捜索をしているそうだが、手がかりの痕跡もないらしい。ヒト族では無い可能性もあるのだ。

 この団には、異能を持った子供が多くいる。カイン城の膝下といえ、他人事では無い。カイン城の戦士団も、優秀な戦士を輩出しているセネルの団に、警護をつけてくれるだろうが、彼は別の選択肢を提案する。


 アーカディアへの移住だ。

 彼の地は、命の王アニマモルスの支配領域だ。広大な森林を持ち、肥沃な土地には豊富な農作物が実っているという。住民も多種族で構成されているが、穏やかな性格をしている。ノックスのヒト族にも偏見を待たず、治癒師や物資を送り支援してくれている。

 非力なヒト族にとっても、魅力的な地域と言っても良い。なによりも生死を司るアニマモルスは、世界で最も魂とコアに詳しい存在だから、異能を持つ子供たちの力になってくれるだろうと言う。

 その言葉に、セネルは首を横に振る。


『貴方様の申し出には、大変感謝いたします。我があるじは、わたくしに子供たちを託してくださいました。あの子たちは、愚かなわたくしには思いもしない、何かの役割があるのでしょう。あの子たちにとって、重い試練となったとしても』


『それは、君にとっても厳しい試練となったとしてもか?』


『ええ、この身に変えましても』


『そうか。ただ、聞いてみただけだ。私も彼女の邪魔をしようとしている訳では無いからね』


 それから雰囲気が変わり、いつもの雑談となった。


 妹を救える手段があったのだ。

 クローヴィスは想い描く。

 アーカディアに行くには、妖精族の案内役や護衛が必要だ。それはヒト族にとっては、莫大な礼金を支払わなければならない。だからこそ、金が必要なのだ。



 ◆



「長々と悪かったね。こんな話、今まで誰にも話したことが無かったから……」


 クローは不思議に思った。セネルの団でも仲の良い兄姉にも話したことはない。でも、この二人には、想いを話してしまう。


「そんなことないよぉ。話してくれてありがとう」


「そうか。それで金にこだわっていたんだな。でも、よかったぜ。今の団の連中は良さそうな連中で」


 二人ともつっかえた物が取れたように、笑顔を見せた。


「まっ、まあ、良い連中と言えばそうなんだが……」


 クローは、眉間に皺を寄せて言い淀んだ。


「う〜ん、なんて言うか。自由って言うか、物事に捉われないって言うか……」


「あっ、常識がない」


「それって、酷くない」


「ルシアは、意外と毒舌だからな」


 二人に突っ込まれて、ルシアは顔を赤く染めて俯いたが、クローとボックスと一緒に大笑いをした。こんなに笑ったのは、いつぶりだろうか。


「まぁ、あながちルシアの毒舌も間違ってないけどね。マグヌス兄やボースは、色々と内職悪事をしていたしね。それに付き合わされて、僕も少し銅貨を稼いだけれど、全然足りないから。だから戦士になれて良かったよ」


 クローは肩をすくめ、今となってはいい思い出だよ、と続けた。しばらくの間、クローはセネルの団の武勇伝悪事について話していた。二人は時に驚き、考え込んだり、大笑いをしてくれた。


「あのね、聞いて欲しくはないかもだけど、異能ってなに? さっきの口ぶりだと、クロー君も何か持っているようだし……」


 恐る恐るルシアが聞いてくる。クローもこの話をすれば、当然質問されると思っていた。この二人であれば、見せても良いだろう。

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