第三一話 夢か幻か

「僕の能力は、それほど特別ではないんだ。ただ、感じて視えるだけ」


 そう言って、クローは立ち上がり、闇に閉ざされたヘルクラネイムの廃墟を眺める。


「君らには、この風景、どう見える?」


 クローは、見張り台から二人を促して、招き寄せる。

 ボックスとルシアは、クローに従って彼の隣に移動し同じ風景を見るが、日没から数時間経っているため、辺りは濃い闇に包まれている。辛うじて、遠くに赤い光が揺らめいているのが見える。隊の仲間たちが、野営をしている灯りだろう。


「何も見えねぇな。野営の灯りくらいか?」


 当然なことを聞くなと、その顔は物語っている。


「だろうね。でも、僕には違う風景が見えているんだ」


 二人ににはクローの瞳が、虹色に輝いているように見えた。


「ここは、死者の街だよ。かつて、ここに住んでいた人々の営みが視える」


「ひっ!」


 その言葉に、ルシアは小さな悲鳴をあげて後退り、ボックスは腰に手をやるが、帯剣していなかったことに気づき、舌打ちをした。そんな二人を見て、クローは片手を挙げて、落ち着くように制した。

 ヒト族が今まで遭遇したという例はないが、妖精族から不死者というものが存在する話を聴いている。コアの収拾もそれを防ぐためだという。


「大丈夫。彼らは何もしない」


 クローが見ている風景は、紫色のモヤに街の投影されているかのようだ。


「まるで、誰かの夢の中に入った感じだ。それとも僕の妄想か」


 自嘲めいた表情を浮かべて、クローは二人の手を掴み引き寄せた。


「僕の視ているものを見せよう」


「おわっ、なんだ」


「えっ、なっ、なにこれ」


 急に視界が変わり、ルシアは戸惑った。

 クローとボックスの姿が消え去り不安になったが、自分の手のひらにクローの温かい手を感じて、離れないように強く握りしめた。



 その風景では、子供たちが駆け回り、その近くで母親たちが談笑している。いたって平和な日常だった。

 忙しく店を切り盛りしている者もいれば、馬車を引きながら、出会う人の挨拶をしている者もいた。

 何かの祝いか、多くの机に豪勢な料理が並び、老若男女が囲んで杯を飲み干している。

 次々と場面が切り替わるが、皆こちらを振り返ると笑顔で手を振るのが共通している。誰かの視点のようだ。


 ルシアは、空いている片手を胸にやり、心の奥底から湧き出る温かい気持ちを感じた。幸せな気持ちに満たされて、自然と涙が溢れ出てしまう。

 今までに感じたことのない幸福感に、そちらへ歩もうとする。しかし、クローの手は強く掴み離さない。


『ああ、離して! あたしは、あっちに行きたの』


 振り解こうと引っ張るが、離してもらえない。

 胸の奥が熱くなり、怒りと共に今まで感じたことのない感情が湧き出る。邪魔なその手を殴りつけようと拳を振り上げた。その時ガラスが割れたような音が響いた。

 幸福な日常の風景は消え去り、闇に包まれた廃墟が戻ってくる。



 静寂の中で、三人の荒い息だけが聞こえる。


「……ごめん。こんな…ことに…、なる…なんて……」


 息を整えながらクローは、二人に謝る。その顔色は真っ青だった。


「いつも、こうなのか?」


「いや、ここまで引き込まれるのは初めてだよ。でも…、今まではクラウディアにしか使ったことがなかったから……」


「おいおい、つーことは、妹以外に試すのは、初めてってことか」


「何事にも始まりはあるわけで……」


「はぁ、何だって!」


 いち早く影響から抜け出したボックスは、クローに質問をしていたが、次第に詰問に変わりじゃれあっている。ルシアは、力無い微笑みを浮かべて、そんな二人を見ていた。

 未だに鼓動の激しい胸に手をやり、深く安堵のため息をする。


(なんなんだろう、あの感情は……)


 今までない感情の起伏に、ルシアは戸惑いを感じていた。



 ◆



 二人に心配させないように軽口を叩いたが、途中から力の制御ができなくなった。まるで、乗っ取られたかのように。突然、能力が途切れたため、大事にならなかったが、もしそのままだったら……。

 クローは、震える両手を見つめていた。



 鳴子の音が辺りに響いた。

 まだ、動揺から抜け切っていなかったが、その音を聴いて、すぐに行動に移す。ルシアは銃を、ボックスは弩を手に掴んだ。クローは矢筒を背負い、扱い易い中弓を手に取る。


「ルシア、信号弾の用意を!」

「う、うん」


 ルシアは、アタフタと腰袋から信号弾と火薬を取り出した。それでも慣れた手つきで、装填を完了する。


「暗くて見えねぇ。クロー! おまえの能力で分からねぇか!」


 標的を確認しようと、手すりから身を乗り出していたボックスが叫んだ。

 なるほど、役に立たないと思っていたが、索敵に活用できるのか。

 だが、一瞬クローは躊躇する。

 さっきのように、もし制御できなかったら……。

 直ぐに思い直した。今まで、一人で使っていた時には、問題は無かった。あったとすれば、使い過ぎると極度に疲れることだ。それさえ注意すればよい。あんなことがあったのに、ボックスは頼ってくれている。

 彼の信頼に感謝しつつ、クローは目に力を込めると、障害物に関係なく対象が視える。金色の輝きを感じたような気がする。


「……あっちだ! 神殿の向こう側に何か……、こっちに来る!」


「えっ、えっ、し、信号弾、撃っちゃう?」


「いや、待つんだ! 何なのか確認してからだ」


 ボックスが、ルシアを制止した。

 隊長には、常々『冷静に状況を把握してから、行動を開始せよ』ときつく言われている。もし、標的が野ネズミだったりしたら、隊の笑い者だ。


 塔の最上階であるここからでは、神殿の屋根が邪魔になり見え難いが、どうやら正門の辺りに差し掛かったらしい。ちょうど篝火の明かりに入らない所だ。


「ん!? 子供なのか?」


 輝きは門の前で止まったようだ。時折、屋根の陰からふわふわした金髪が見える。金色の髪だと光属性であり、こんな所を単独で活動できるのはアルヴだろう。しかし、クローと同じくらいの背丈だ。アルヴの大人にしては背が低い。


「なんで、こんな所にアルヴの子供が……」


 クローは、独り言のように呟いた。

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