第二九話 セネルの団と仲間たち

『私はセネル。聞いているかわからないけど、アメリアの友人よ』


 セネルが自己紹介をして、少し力を込めてクローヴィスの手を握った。

 彼女は、アメリアと同じくらいで四十歳には届いていないはずだが、髪は銀色になり、優しそうな瞳は灰色をしていた。黒髪黒眼のヒト族としては異形な姿だ。


『私も歳をとった、ということよ』


 彼女は、クローヴィスの疑問を感じ取ったかのように、自身の長い髪を触って話した。その割には、肌艶は十代を思わせるくらい皺もなくみずみずしい。


 アメリアは、よく自分の子供の頃の話をよくしてくれた。その頃の仲が良かった友人の話題もよく出ていたので、クローヴィスは初めて会った感じがしなかった。


『それにしても、間に合ってよかったわ』


 セネルはアメリアから手紙を受け取っていた。

 カイン城のセネルは、アメリアと同じ村の出身だった。歳が近いこともあり、幼少の頃はよく一緒に遊んでいた間柄だ。

 セネルが成人になった時、彼女は突然神託を受けた、と言ってカイン城へ旅立ってしまったのだ。その後も手紙のやり取りではあるが、交流は続いていた。セネルはカイン城で新たな団を創設し、各地で爪弾きにされた子供たちを受け入れているそうだ。


 彼女であれば、二人を心良く引き取ってもらえるだろうと思い、もしもの場合に備えてアメリアは、クローヴィスとクラウディアのことをセネルに伝えてあったのだ。



 村の迷信は根深い。それだけ忌子いみこの存在は『不吉のしるし』と思われていた。

 今までも母親を死なせて産まれた子供はおり、確かに不幸な出来事が起きていた。しかし、それは後付けであって、忌子が産まれなくとも困難なことが起きると生贄を捧げると言う古い風習が残っていた。

『種の存続における通達』をノックスの指導者たちから発布されて以来、その手の悪習は淘汰されてきたが、他の地域と交流の少ない田舎の村では、未だに野蛮なことが行われている。


 その様な懸念もあるが、自分が生きている間はなんとかなるだろうと、アメリアは思っていた。

 しかし、自分も歳を重ねている。いつフィデス女神の元に召されるかわからない。自分が死んだ時に、古くからの言い伝えを信じる者は、必ず二人に対して動き出すだろう。

 二人が成人しているのであれば、自分たちで何とかできる才覚を持っているが、まだ先のことだ。念のために昔の友人に託すことにしたそうだ。その懸念は当たってしまった。


 セネルは、アメリアから託されたことを二人に話した。そして、安心させる様に続けた。


『ここなら大丈夫。みんな貴方たちと同じ境遇にあった者たちだから、誰も傷つけることはないよ』


 このセネルの団に所属している者のほとんどは、クローヴィスやクラウディアと同じく他の団を追われた者や引き取り手がいない者だった。

 共通しているのが、通常のヒト族には無い異質な能力を持っていることだ。

 突拍子もない思考をする者、怪力や俊足だったり身体能力に優れた者、一番多いのは常人では感知しないものを見たり聞いたりする能力だ。

 彼ら彼女らは、元の団では気味悪がられ、捨てられた者たちだった。そのような者をセネルが各地で引き取ってきた。


 忌子として避けられていたおかげで、あの村人たちは知らないだろうが、クローヴィスも他の者には見えないものが見えた。というより感じたと言う方が正しい。妹のクラウディアは、さらにその傾向が強かった。それは、アメリアしか知らないことだった。

 だからなのか、村人たちの本心を感じ取り、馴染むことが出来なかった。


 しかし、この団はセネルが言ったように、不思議な連中ばかりだった。

 どこに行こうとも安堵できる場所はないと思っていたが、ここが本来の家かと思うくらい安らぎを感じることとなる。それに伴い、仲間と呼べる者もできた。


 少し歳上で、兄貴面したがるデンスから剣技を習った。彼は暇さえあれば、寝食を忘れて木剣を振るっていた。その成果なのか戦士候補生になる前には、大人顔負けの剣技を身につけていた。


 よく畑仕事で一緒になっていた歳下のボースは、怪力の持ち主らしく、子供らしからぬ力で重い荷物を軽々と運び感心したものだ。


 最も不思議な存在がアウレアだった。

 年齢より幼く見えたアウレアは、クラウディアによく懐き、二人で内緒話をよくしていた。何を話しているのかクラウディアに聞いたが、二人だけの秘密だと言われ教えてくれなかった。

 アウレアは度々行方をくらまし、一昼夜捜しても見つから無いことがある。翌朝になると、いつもどおり部屋のベッドに寝ているのだ。

 本人が見つかりたくないと思うと、誰も見つけられない。しかし、クラウディアが探しにいくと必ず二人で帰って来る。大人たちは、クラウディアが来てくれたことで、捜す手間が省けたことに感謝していた。


 クローヴィスが、最も感謝しつつも苦手にしていたのは、マグヌスだった。

 彼は既に成人間近となっており、候補生最終訓練で団を離れることが多かった。帰ってきた時にはクローヴィスに、薬草採取の知識や薬剤の調合方法などを教えてくれた。

 彼と一緒に薬草を採取しにいくと、色々なものをじっくりと観察して、絵を描いたりしていた。どうも没頭すると周りが見えなくなるのか、自分が興味を持っている動植物を探す事に熱中してしまい、クローヴィスはよく置き去りにされた。

 そんなこともあったが、彼のおかげで妖精族の高い薬を買わなくて済むようになった。その卓越した知識と技術力で、同じ効果を持つ薬を作ることができたからだ。


 しかし、マグヌスは言った。


『ただの対処療法で、根本的な解決にはなっていない』


 そこで、たまにやって来るアルヴの治療師に、診察してもらうことにした。セネルの団に所属している子供たちは、一応彼に診療してもらっている。嫌がるクラウディアをなんとか宥め、診てもらった。

 結果は一種の源素中毒で、常に体に取り込もうとしているそうだ。妖精族であれば、優秀な理力使いの素質を持っていることだったが、源素を理力に変換できないヒト族には毒にしかならない。

 結局のところ、源素を中和安定させる薬を今まで通り、定期的に摂取するしかなかった。後は、クラウディアの体力次第で、寿命が決まると言うことだ。

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