第二八話 忌子と呪い

「でも、いいなぁ。あたしは、どちらの親も名前すら知らないから」


 火が弱まり出した焚き火をいじりながらルシアは呟く。


「俺もそうさ。両方とも戦士だったらしいが、物心つく前に狼との戦闘で死んじまったそうだ。だから、どんな記憶でも顔を知っているだけで羨ましいよ」


 焚き火を見ていたボックスは、角材をくべながら心情を話した。焚き火は、それに応えるようにパチパチと音をたてた。


「父に去られた時は不満に思ったけど、今となっては特に思うことはない。両親はとても優秀な人たちだったって聞いていたから、会って助言を聞いてみたかった想いはある」


 頬を少し緩ませたクローは、直ぐに表情を消してしまった。


「未だに頭にくるのは、あの村の奴らだよ。奴らの仕打ちは一生忘れないだろう。いずれ報いを受けさせてやる」


 表情には一切感情を出していないが、静かに発するその声には、強い怒りを含んでいた。



 ◆



 クラウディウスが亡くなった。


 当初は、カメリアでの激務での過労が原因とされていたが、クラウディウスと共に帰ってきた戦士たちも同じ症状で倒れていった。戦士たちの看病を行っていた女性たちも次々と倒れ、瞬く間に病気は村全体に広がった。


 後の調査によれば、この病の大流行はヒト族の主要地域の大部分に蔓延していた。特に被害が多かった場所は、往来が激しい所だ。

 不幸中の幸いとして、大動員により大多数が北部地域に移動していた。季節は冬に差し掛かり、雪によって移動が阻害され、北部にいる者たちはこの病を避けることとなる。そのため死者の数は、総人口の一割と低く抑えられていたが、内地と呼ばれていたマグナ・マーテル内の住人の死者は三割を超えた。特に内地と外地の往来が激しいカイン城では、残留していた者の半数が失われることとなる。



 危機。

 それは人の本性が最も出やすい状況だ。

 恐怖に駆られた健常者たちは、村を棄て逃げ出す者たちも多くいた。村を出た時には症状は出ていなかったが、避難した先の村で発症し、感染を拡大させていく。このようなことは、各地で起きている。そうして、疫病は広がっていったのだ。



 クローヴィスとクラウディアは、まだ幼く自分たちだけでは隣の村に避難することは難しい。しかも世話になっていた太母アメリアも発症してしまった。二人は彼女を見捨てることはできず、彼女と村人の看病をするために残ることを選択した。その看病も虚しく、アメリアも残った村人たちも次々と死んでいく。


 やがて病の流行は治まり、徐々に村人も帰ってきた。だが、以前のような関係に戻ることはできなかった。次第に、残って生き残った者と逃げ出した者の間で、反目することになる。

 逃げ出した者たちは、ヒト族の優先事項である『種の存続』において、決して間違った行動ではなかった。しかし、感情面としては、お互いに悶々としたものを抱えてしまった。一方は見捨てた罪悪感に、もう一方は見捨てられた怒りと寂しさに。このような時、お互いを鎮めるために生贄が必要となる。

 それに選ばれたのは、クラウディアだった。


 半壊したこの小さな村では、妖精族の薬を買う金を用意するのはもはや無理だ。彼女の最大の後ろ盾であったアメリアはすでにいない。

 都合の良いことに、英雄クラウディウスにはもう一人の子供がいる。彼が父親と同じように優秀な戦士となり、村を率いてくれるだろう。すでに幼いながらもその片鱗は見せていたが、その足枷になっているのは彼の妹だ。そのように考えている者たちがいた。


 程なくして、村に忌子いみこの噂が再び広がる。この病は、無念のうちに亡くなったアエミリアの呪いだと。


 冷静に考えればうまく運べるはずはないだろう。そもそも病は広い地域で発生しており、呪いでもなんでもない。

 クラウディウスは、不幸なことに帰還の最中のどこかで感染したと思われる。一緒に帰ってきた仲間たちも同時期に発病したからだ。


 生前のアエミリアを知っている者であれば、彼女は決してそんな思いを抱かないと知っている筈だが、しかも我が子に対し、呪いをかけるなどありえるはずもない。

 村人はそれを信じてしまった。いや、信じようとしていたのかもしれない。それに妹のクラウディアに手を出せば、クローヴィスが絶対に許さない。

 悲しいことに自分の考えたことが正しいと思うものは多くいるのだ。特に生産職には……。





 クローヴィスは思い出す。片手に武器を持ち、もう一方に松明を掲げている大人たちが、二人の家に向かって来る姿を。その表情は、恐怖と憎悪に歪んでいた。

 その顔は、今でも忘れることはできない。その時の恐怖が甦り、夜中に飛び起きることもある。


 村人に家を取り囲まれ、彼らはクラウディアを引き渡せと口々に叫んでいた。


『お兄さんだけでも生きて』


 気丈にも震える声で彼女は言った。子供ながらにもこの後どうなるのかわかっているのだろう。

 そんなクラウディアを見てクローヴィスは、生まれた時も一緒であれば死ぬ時も同じく運命を共にしようと心に決めた。


 どうして、自分の半身を見捨てて、生きていけようか。震えている妹を抱きしめ、二人は涙を流しながらその時を待った。

 二人を救ったのは、双眸を閉じた純白のアルヴだ。


 村人の大多数がクラウディアの排除しようと動き始めた時、亡き太母のアメリアはこうなることを予測したかのように、生前に手を回してくれていたのだ。


 どこから入ってきたのか、まるでずっとその場に居たかのように現れた。彼女はセネルの使いだと言っていた。


『生きる意志があるならば、私と来なさい』


 彼女は抑揚のない声で、掌を差し出した。

 クローヴィスとクラウディアは、互いに見つめ合い頷き合った。


『まだ、生きたい! もっと色んなものを見てみたい!』

『こんな所では死にたくない!』


 死ぬのであれば、もっと違う穏やかな場所で死にたかった。だから彼女の手を取った。それは妹も同じだ。


 純白のアルヴは、二人の背丈に合わせて膝をつき抱きしめた。優しくて柔らかく温かい。とても懐かしく安心感を与えるものだ。なぜか涙が溢れて止まらなかった。


 ふと気づくと家ではない別の場所のベットに寝かされていた。隣では穏やかな寝息をたててクラウディアが眠っていた。

 気配がしてそちらを見ると、銀色の髪をした年配の女性が微笑んでいる。


『もう大丈夫よ。貴方たちは救われました』


 彼女はそう言って、クローヴィスの手を両手で優しく包んだ。その手は、とても温かかったのを覚えている。

 何故だか、この女性がアメリアの親友であるセネルだとすぐにわかった。

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