第十九話 英雄

「たいへんよ〜、たいへんよ〜」


 ピクシーどもは、ただそれだけを言いながら辺りを飛び回る。近くにいた妖精族が、問いただすが要領を得ず、ピクシーどもは同じことを繰り返す。


 そこへ純白のアルヴが現れて、ピクシーに古語で話しかけた。

 彼女は、数日前、数人の仲間と共に加わった。どうやら、治癒士のアスクラと昔馴染みらしく、指揮官も知っている人物らしかった。アルヴの中では、有名人だそうだが、お手並み拝見といこう。



 純白のアルヴは、ピクシーから聞き出したことを指揮官に伝えた。薄々、感づいておったが、武断派は壊滅したようじゃ。


 ピクシーによると、旧住民区を攻めている狼どもに、強襲を加えようとしておったそうじゃな。背後を取ろうと回り道をしておったそうじゃが、それ自体が罠であった。逆に狼の上位種が、武断派へ強襲かけたようじゃ。


 まあ、今更だが、冷静に考えれば有り得る話じゃ。実際、出陣前に防衛側の連中が、散々言っていたが、武断派は聞き入れなかった。防衛側の連中は、武断派よりも弱かったからな。


『強固な城壁に守られていながら、臆病風に吹かれたか』


 と、そんなことでも言われたんじゃろう。それぐらいで負けるんじゃない。遊びじゃないんじゃ、多くの者の命がかかっておるのに。


 武断派の連中は、集団戦や攻城戦の何たるかを知らず、力押ししか出来んから、兵法を説いても聞き入れるわけがない。

しかも、同胞であるドヴェルグも混ざっていたりするから、目も当てられない。まったく、奴らは、ドヴェルグの面汚しめ。

 かと言って、わしも文句ばかりで、事態を改善しようとしないのだから、同類じゃな。アスクラの奴が、せっついてくるが、もう、わしは疲れたのじゃ。

 どこへ行っても、そんなことの繰り返しだ。


 だが、わしは戦おうとしおる。

 こんな辺境まで流れて来て、なぜ、こんないびつな街を守ろうとしているのか。ドヴェルグの感覚では、街とは呼べない。失うのを惜しいとも感じない。しかし、狼どもに蹂躙されるのは、許せないと思うておる。



 ヒト族は、とても繊細で弱々しい。ちょっとしたことで死んでしまう。アスクラに言わせると、わしらドヴェルグが頑強すぎるだと、やかましいわい。


 あやつらは、その弱さにも屈せず、失敗から学び工夫をし、二度と過ちを繰り返さぬよう努力をしていた。

 ヒト族は、種の存続を常々考えておる。多くの仲間を救うためなら、自らの命を顧みない。だからなのか、わしはそんな心根を持ったあやつらとの交流を心地よく思っていた。


 どうも、わしは、ヒト族のその直向ひたむきさに惚れたようじゃ。


 その日々も武断派の壊滅と共に終わる。

 妖精族の指導部は、武断派を壊滅に追いやった狼の強さに、色めき立っていた。

 防衛部隊の二百名とヒト族の精鋭率いる二千の援軍では、外交区の守りには戦力が足りないと推測していた。ノックスへの撤退も、やむなしであろう。

 ヒト族の指揮官であったクラフトも、ノックスへの撤退を進言してきた。

 奴が言うには、ノックスからの援軍が望めれば、籠城も良いだろうが、来たとしても数ヶ月先のことじゃ、それまで保つ見込みはない。

 だから、戦力がある今のうちに、撤退をする。その時、女子供と技術者を連れて行って欲しいとのことだ。そして、それを可能にするために、ヒト族の戦士団が囮と盾を担うとのことだ。


 作戦はこうだった。

 狼は旧住民区に執着している。だから、門を開いて引き入れる。ここは、カインが率いる旧住民区のヒト族三千が対抗する。

 次に、城壁外にいる残りの狼を外交区の戦士団二千が、迎え撃つ。その間に、女子供と技術者を逃す。妖精族とヒト族の精鋭五百が、護衛につくのだ。


 結果は、多大な犠牲を出したが、成功したと呼べるのだろう。ヒト族は、種の存続を第一としていた。だから、千人に満たなかったとはいえ、ノックスへ辿り着いた。

 カインたちは、その身を犠牲にして、種の存続を果たした。だからこそ、今に至っても英雄として祀られているのだ。

 しかし、あまりにも人口が減りすぎたため、従来の血族制を捨て、現在の団としての制度となった。



 ◆



「わしは、殿しんがりとしてギリギリまで、ヒト族の戦士団と一緒に戦っていた。そこで、旧住民区へなだれ込んだ狼の数体が、獣人へ変化するのを見たのじゃ」


「私もガガルゴに、聞いた時には信じられませんでした。進化するには、長い年月が必要です。しかし、あの狼たちは、それを十数年で成し遂げてしまった。その理由は、あの実験で分かりましたがね」


「なるほど、狼の目的は、下位の者は俺たちヒト族の魂を吸収し、上位の者は、妖精族のような上級のコアを得ることか。そして、進化の速度を上げるのか」


 二人の話から、いろいろな疑問が解けていく。

 妖精族が、狼との戦いに消極的なのも、強力な獣人への進化を防ぐため。それは分かるが、ヒト族の魂を喰わせるのはいいのか。確かに、ここら一帯の狼どもは、ヒト族の魂をを手に入れているだろう。しかし、現状のヒト族では、狼を駆逐することはできない。

 デンスは、出口の見えない思考の迷路に入り込み、堂々巡りをしている頭を掻きむしった。その時、ふと思った。


「そういえば、狼は、なんでヘルクラネイムの旧住民区に、こだわったんだ?」


 二人は、お互いに顔を見合わせて、アスクラが答えた。


「それは、分かっていません。執拗に何かを探していたのは、確認されています。カインが、グーガに手傷を負わせをしたが、殺されたと情報を持ち帰った者です。彼も深手を追っており、私のところに来た時には手遅れでした」


「それに、あのカインという男は、ヒト族の枠を超えた強さを持っておった。きっと、ドヴェルグの戦士であっても、なかなか勝てる者はおるまい。もしかしたら、その力の秘密が関わっているのかもしれんのう」


 ガガルゴは、目を瞑り、記憶を思い起こそうと髭を撫でていた。


「ヘルクラネイムの旧住民区を、調べる必要があるな」


ガガルゴの話を聴いて、デンスは、狼の三つ目の目的、その手掛かりが、ヘルクラネイムにあると睨んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る