第二十話 闇堕
「ウォリャーッ!」
デンスは、怒りをぶつけるように、剣を振るった。だが、相手はそれを易々と跳ね除けた。これもデンスのイライラを増している原因の一つだった。相手は、自分よりも背が低い、ドヴェルグのガガルゴだ。
彼は、両手用の大斧を軽々と振り回し、デンスの攻撃を全て受け止めている。片手で振るい、その場からほとんど動かない。しかも、理力を使っている気配がないのが、なお腹立たしい。
決着は直ぐについた。
デンスは、渾身の一撃を叩き込んだが、ガガルゴは、斧の先端にある刃の分かれ目で受けた。斧を捻ると、デンスの剣は簡単に絡め取られ、飛んでいってしまった。
近くで組み手をしていた隊員の足元に落ちて、「危ねぇーじゃねぇか!」と怒っていた。ドヴェルグの細工師は、手を振って謝る。
「あー! くそっ!」
デンスは、思いっきり地面を蹴り付けた。それを見ていたガガルゴは、重いため息をつく。
「何をそんなに、荒れているんじゃ」
あまりにも集中力がないデンスを見かねて、彼は尋ねた。
妖精族が、ヒト族の訓練に参加するのは珍しい。いや、皆無と言ってよいだろう。そもそも、コロンにいる妖精族は希少だ。それに彼らは独自に行動しており、ヒト族に関しては、無関心であった。
ガガルゴが、マグヌス大隊の訓練に参加したのは、デンスが頼み込んだからだ。理力を使ってくる相手の対抗策を知りたかった。デンスの中では、それだけフレデリックスに、こてんぱんにのされたのが、悔しかった。
訓練参加を打診された当初、ガガルゴは拒んでいたのだが、デンスの熱意とアスクラの
『あの時のヒト族たちと似ているのでしょう』
アスクラに、そう言われて、ガガルゴも自分の気持ちに気づいた。
昨今のヒト族は変わってしまった。安住の地を得たことで、自分の保身と虚栄が蔓延っている。
そして、あのアルヴに請われ、ここにやって来た。
あの出来事が起きてから三か月が経過したが、マグヌス大隊の連中は、気のいい奴らばかりだ。アスクラに、言われた通り、かつてのヘルクラネイムのヒト族を思い出させるようじゃ。
特にデンスの熱意には感心する。だが、心配な奴じゃ。あまりにも危なっかしい。だからこそ、わしが、注意して見ていかなくてはならないだろう。
「親っさん! マグヌスの野郎が、『戦士の本』を公開するってんだ!」
「それに何か問題があるのか?」
ガガルゴは、デンスの言わんとすることが分からず、小首をかしげる。
「ああ、大ありだ! あれだけ苦労して作った本を、努力もしてねぇ連中に渡したくないね! 特に、あの
なるほど、とガガルゴは合点がいった。
そのことは、本の制作に協力した者として、あらかじめ聞いていた。その真の狙いも。ここ最近、戦士の損耗率が、爆発的に上がっている。コロンの司令部では、深刻な状況と捉えているそうだ。
拠点の増加により防衛のために、多くの戦士が
狼の狡猾なところは、ただ弱い者を襲うわけではない。そう、ヒト族の習性を熟知している戦い方だ。
最初に、見捨てるほどではない傷を負わせる。傷病者が出ると隊の動きが鈍くなるため、深追いはせずに、それを何度も襲撃を繰り返す。疲労と傷を増やしていく。
頃合いを見て、一斉に襲ってくるのだ。それによって、多くの隊が全滅し、熟練の戦士も失っていた。
デンスには悪いが、フレデリックスのやっていることは、軍の統率としては間違ってはいない。妖精族でもそうだ。戦うことが難しい者は、囮にされるか見捨てられる。
ヒト族の心情には反するのだろうが、そうしなければ、隊全体が危機にさらされるのだ。だが、大多数のヒト族は、そんなやり方には反発するだろう。
だからこそ、わしは、仲間に優しいヒト族が、好きなんじゃろうな。
それに、マグヌスというあの男……。
『戦士の本』をエサに取引を持ちかけておる。
それほど、本の出来栄えは素晴らしい。表紙に書かれたデンスの言葉も心をうつ。
公開を条件に、大隊自体は拠点防衛に徹し、訓練と新兵の強化に力を注ぐ。
その代わり、外への収集と調査は、熟練戦士を選抜した精鋭小隊を設立し、その者たちに行わせる。その者を巡検士と呼ぶ。
数年はかかるじゃろうが、こうすることで、拠点防衛と損耗率の改善を行うことができるじゃろう。まぁ、デンスの気持ちも分からんではないがな。その最初の巡検士隊が、フレデリックスの一派だからな。
図体はでかくなっているが、中身は、まだまだ子供じゃ。
「おい、デンス。まったく、お前はもう少し精神の訓練を行った方が良いぞ。そんなことでは、闇に堕ちるぞ!」
「ああん、何だよ、それ」
「妖精族にとっても昔話だが、お前も闇の王は知っているな」
「バカにしているのか? 俺だってそれくらい知っている。あれだろ、世界を滅ぼしかけた王だろ。今は、世界のどこかに封印されているとか」
また説教かと、デンスは受け流そうとしたが、ガガルゴのいつもと違う雰囲気に、真面目に答えた。
「そうだ。彼女は、もともと良き王で、領民に慕われ愛されていた。『民の王』と二つ名を持つくらいにな」
「それが何で、今は悪名高いんだ? 多くの者を惑わして、混乱を起こし、世界を混沌に
デンスには、ガガルゴが言わんとしていることが分からず、首を傾げた。
「何者かによって、彼女の愛する領民が殺されたらしい。彼女は、それを他の真王が行ったと思い込み、激怒した。しかし、他の真王たちは、そんな事実は無いと突っぱねたそうじゃ。逆に、もしそんなことがあったとしたら、彼女の領民が先に手を出したに違いないと、取り合わなかった」
「まあ、そうだろうな。例え他の王がやったとしても、馬鹿正直に私がやりました、なんて言わんだろうしな」
そう言って、デンスは肩をすくめる。
「おい、お前も他人事ではないぞ。お前たちの祖先も関わっているのだからな。彼女の領民の多くは、他の領土では
祖先のことを持ち出され、さすがにデンスの態度も真剣みを帯びた。
「彼女は、とても理知的な方だったが、あまり仲が良くなかった光の王の仕業だと思い込み、糾弾したそうじゃ。もちろん、光の王ルクスも事実無根だと跳ね除ける。冷静に間を取り持つ者がいなかったことが、事態を悪い方向へ加速していった。しかも、世論は、ルクス側だった。被害者であるテネブラエではなく」
デンスは腕を組み何かを考える仕草をしていた。
「そして、テネブラエは、暴挙に至る。彼女の騎竜である『
「なるほど、冷静に考えれば、第三者の策略かもしれない。ただでさえ、光と闇の王の中は良くないのだから、もともと燻っていた種火に、そこに少し手を加えれば、あっという間に燃え上がる。あんたの言わんとしていることが、分かった気がする。個人の感情に囚われず、もっと大局で物事を考えろってことだな」
自分の弟子は、なかなか優秀だと満足しながら、ガガルゴは続けた。
「今となっては、真実はどうだったか分からんが、その過ちを教訓として、言葉が残っている。今までの徳を捨てて、怒りや悲しみに身をまかし、感情のままに暴挙を行う
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