第十八話 攻防
「頼みの綱じゃった武断派が出ていってしまうと、ヘルクラネイム全域を防衛するには戦力が足りなかった。しかし、全住民を一箇所に集めて防衛する広さの地区も無かった。そこで、カインは防衛力が高い二箇所に分けることにした。旧住民区と、ワシらがおった外交区じゃ」
前に触れたように、ヘルクラネイムでは、その区画の住人がある程度の数になると、次の区画を建設していった。そのため、防衛に適しており、全住民を集められる区画が無かった。
カインは、今回の狼の襲撃はいつもとは違うと感じ取り、珍しく武断派へ出撃を止めるように願い出たが、そもそもヒト族を対等に見ていなかった彼らは、無視をするような形で出陣してしまった。
後から考えるとその行動も、カインの手の内であったのかもしれない。外交区に残った妖精族に住民の受け入れを条件に、防衛の援軍を申し出たのだ。
外交区は、湖から一番離れた町の端に造られた。
もともとが平原であったため、町の全区画の中で、最も広い面積を持っいる。城壁は石材で建造されているので、最も防御力も高い。
ここは、ドヴェルグが建設したので、ヒト族の造った区画より、はるかに強固だった。城壁には、連弩や投石機などの兵器も設置されており、城壁を守る戦士が居れば、ここを攻めるにはかなりの犠牲を
ただし、守る戦士が居ればだが……。
そうなのだ。
この時点で、最も困っていたのは、妖精族の防衛隊であった。ピクシーたちがいれば、幻術を使い、人数がいるように誤魔化すこともできただろう。また、小さいながらも力持ちなので、武器の運び手としても重宝していたが、武断派の要請で出払ってしまった。
そのような状況であるから、妖精族はカインの申し出を受けることにした。
「驚くべきことに、ヒト族の戦士と共に送られてきたのは、十五歳以下の子供たち全員とその母親たち。それに、技術者や知識人などの生産職じゃ」
「別に驚くことじゃないだろう。今だってそうじゃないか。優先して守るのは、未来を紡ぐ子供たちと、今まで築き上げてきた技術を伝える優秀な生産職だ。そのどこに驚くことがある?」
デンスは、はなはだ疑問だった。ガガルゴが、なぜそんなに驚いていたのか。その疑問にアスクラが答える。
「当時のヒト族は、血族でまとまっていました。ヘルクラネイムの街並みが、歪な形に発展していったのはそのせいです。その一族で固まって生活しているので、限られた場所に組み合わせていくのが、大変そうでしたよ」
「血族…? 一族…?」
「今の貴方たちの生活様式では、理解できないかもしれませんが、かつてのヒト族は、血族を重じていたのです。普通は、両親が子供に生きる上で必要な技術や知識を教えるのです。このような時代です。両親が亡くなってしまう場合もあるでしょう。その時は、一族の親類縁者が代わりに育てていきました。子供たちを知らない者へ託すのは、相当の決意があったはず」
「それは、あの
再び、デンスの心に暗い炎が灯る。
「そう嫌うこともあるまい。もともとのヒト族の文化を継承しているのだ。いつか、その文化に戻ることもあるじゃろう」
「ケッ、どうだかな! 奴らの一族は、長老会議もステアテゴも牛耳っているって、聞くしな! 危険なことは他人にやらせて、自分たちは安全な穴蔵に引きこもってやがる!」
クラフト家は、アトラース山の地下深くにある『都』に居を構えていた。指導層であるため、そこで戦略を立案し、前線の戦士団を動かしている。
命令を受ける側である戦士団は、中央からのろくでもない命令に振り回され、かなりの犠牲者を出していた。それもあって、クラフト家は戦士たちにあまり良く思われていない。
最近では、むやみに拠点を増やされたことで、防衛に必要な人数を割り当てることができず、防衛線が薄くなっているのが不安要素となっている。
温度差はあるが前線の将兵関係なく、怒りや不満は、指導層であるクラフト家に向けられている。
「あんな奴らのことはどうでもいいから、その後はどうなったんだ」
「ふむ、そのクラフトなんだがな。戦闘はからっきしだったが、指揮能力は非常に高かったぞ。あの時は、ヒト族の戦士を連れて、こちらにやってきたんじゃ」
ノックスに移住する前のヒト族は、専門の戦士は少なかった。
大抵は別の仕事を持っており、危険が迫ると武器を片手に家を飛び出していった。そのため誰もが武器を携行している。
外交区に派遣されたのは、この専門の戦士や若くて熟練度が高い者たちだ。いわゆるヒト族の精鋭部隊だった。その部隊をクラフトが率い、カインやその他の仲間たちは、旧住民区の防衛のために残った。
この戦いでは、不可解なことが多かった。
まず狼たちが、なぜだか分からないが、旧住民区を執拗に攻撃を行っていた。確かに、外交区は堅固な造りをしているが、こちらを攻めようとせず、ほぼ全ての戦力を旧住民区に充てている。
まるで、探していた何かを見つけ、手に入れようとしているようだ。
ヒト族の動きも変だった。
狼の攻撃が旧住民区に集中して、外交区は攻撃を受けていない。であれば、防護壁が破られていないのだから、遠回りとなっても防護壁を進めば、援軍に向かうことができたはず。しかし、外交区の戦士たちは、射程が届くバリスタで援護を行う以外は、動こうとはしなかった。
そして、最も懸念されたのが、意気揚々と出陣していった武断派だ。三日経っても現れず、ヘルクラネイムの防衛は、窮地に立たされていた。
その夜、支援要員として、武断派に連れて行かれたピクシーたちが戻ってきた。
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