序章 第七話 白銀の竜王ファーヴニル
『なにようじゃ、テネブラエ。また、空を飛んでみたいとか、くだらぬ理由であるまいな。……、ま、そなたの態度いかんでは、考えなくも……』
「そんなんじゃないの! ファーヴニル!」
白銀の竜王ファーヴニルの重々しい思念が、テネブラエの脳裏に響く。
『竜のカメオ』は、友人として、または、竜が役に立つと認めた者に対して渡される念話の装置だ。
カメオは、距離に関係なく、あらゆる妨害にも影響を受けずに、一対一の対話ができる。欠点としては、相手との繋がりが強化されるため、感情を直接受けてしまう。
この時も竜特有のどことなく、のんびりとした感覚がただよっていた。
その感覚に彼女は腹を立て、八つ当たりと分かっていても、思わず怒鳴ってしまった。友人の死や配下の状況の衝撃から立ち直っていなかった。
『む、そなたの思念が珍しく乱れておるな。何があったのだ、申してみよ。いつでも力を貸すぞ』
ファーヴニルは、彼女が取り乱した思念を受けて、只事ではないことが起きたのを察した。長い付き合いで、このようなことは初めてであったからだ。
「ノックスのみんなが……、ニュクスもエレボスも……ウウ、フェ〜ン」
『ぬおお、お、落ち着くのだ! そなたは、精神の王であろう。うぬぬ、思念であっても、余にまで影響を及ぼしておるぞ!』
テネブラエは、優しい言葉を受けて、やっと話せる存在が現れた安堵と
◆
『なるほど、理力の枯渇か……、今までにない現象だな』
ファーヴニルに、ノックスに戻ってきてからの状況を説明した。
念話だと分からないが、どうやら彼は今まで起きた事例を思い起こしているようだ。
「だから、頂上の井戸に行ってみようと思う。何か分かるかもしれないから」
『いや、待て待て、一人では危険だ。もし、そなたの推測通り、カオスの出現であれば、軍の出動が必要だ。竜たちは王たる余が率いるとして、巨人どもや精霊たちにも知らせなくてはならない。それは、余が行うとしよう。ファラネンの王たちには、そなたから連絡をしてほしい。特にアエラには早急に……』
「それはダメ!」
『なぜだ。井戸の管理は、彼女が行って……なるほど、そうか。井戸に何かしらの異常が出た場合、彼女が真っ先に知ることとなる。それが、未だに姿を見せないのは、何かしら関わっていると、そなたは疑っておるのか』
テネブラエは、誰もいない空間に頷き、玉座の裏側へ向かった。そこには、火道へ向かう通路があり、扉が開かれたままだった。
彼女は、通路を覗き込み、何もいないことを確認すると、先に進んでいく。
通路は、スベスベとした銀色の素材でできており、彼女が進むと自動的に天井全面が輝く。ここから先は、太古にファラネンの技術で作り出した空間だ。
『おい! 聞いておるのか』
彼女が、しばらくの間、黙っていると、ファーヴニルは心配そうに語りかけてきた。
「うん、聞いてる。今、昇降機の前にいるんだよ。これから、頂上に行って井戸の様子を見てくるから」
『いや、聞いておらんだろ! 一人で行くなっと、余は言ったはずだ!』
「でもでも、軍を待ってたら、みんな死んじゃうよ。今だったらまだ間に合うと思うんだよね」
ファーヴニルと話したおかげで、落ち着きを取り戻し、いつものテネブラエに戻ったようだ。
確かに、テネブラエの言う通りだ。軍を動かすには時間がかかる。しかも多種族の連合となると、種族間の駆け引きによって、さらに時間がかかる。それを待っていたら、助けられる命も見捨ててしまうこととなる。
彼女の言っていることは正しい。それに、彼女は頑固だ。こうと決めたら、曲げずに突き進む。
今もそうだ。あれほど、忠告をしているのにもかかわらず、進み続けている。
どうするべきか、自身に問いを発するが、ファーヴニルの答えは、既に決まっていた。
テネブラエは、会話を続けながら、扉にある光を発している大きなクリスタルに手をかざす。クリスタルは輝きを増すと、どこかから駆動音が聞こえてくる。ほどなくすると音は途絶え、扉が消失する。
「ヒャウッ」
『なんだ! どうした! 何があったんだ!』
ちょっと焦り気味に、ファーヴニルが問いかけてくる。
扉が消失したことで、頂上の冷えた空気が吹き込んできた。扉の先には大きな火道があり、それを覆う、昇降機の半透明の床があった。
アトラース山は、はるか昔に活動をやめている。下に降りると大空洞があり、そこに『夢見る都ノックス』がある。さらに地下深くには、マグマ溜まりが存在していた。それゆえにノックスは、地下であっても過ごしやすい気温を保っていた。
「いつも思うんだけど、ここまでの設備を作るなら、気温差もなくすようにして欲しいよね」
『……そなたは……、何を言っているんだ! 先程と打って変わって、随分と余裕が出てきたんだな!』
テネブラエの言を聞いて、心配をしていたファーヴニルは、呆れを通り過ぎて怒りに火がついたらしい。
「ふえ〜ん、ごめんよ〜。ちょっと、ちょっとだけ、そう思っちゃったの。だから、念話を切らないで!」
『そなたらしいと言えばそうだが、余もそちらに向かう、頂上で会おう』
「あ〜ん、もう! 切らないでって、言ったのに!」
勝手なもので、他人の言うことは、聞き流すくせに、自分がやられると怒っていた。実を言うと、彼女は心細かったのだ。今までも一人になることはあったが、少し離れたところには、必ず誰かしらがいたのだ。
今回のように、完全に誰もいなくなったことは、記憶にないくらいだった。だから念話であっても、ファーヴニルと話せたことで、自分を取り戻すことができたのだ。
もう取り乱すことはない。ファーヴニルが、頂上で会おうっと言ったから。
彼女は、半透明の床の中央に進み、上昇するように思い浮かべると、床は動き出しゆっくりと浮かび上がっていく。徐々に加速していき、上を見上げると小さな点のようだった火口の穴が、大きくなってくる。虹色の光が降り注いでいた。
それが、『源素の井戸』異界との出入口だった。
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