最終話 そして門は開かれた

 そうこうしているうちに、次第と大隊の面々が集まって来た。出発時間はまだまだあるが、次第に辺りは明るくなり、篝火に頼らなくてもかなり見えるようになってきた。


 集まりが早い小隊は、割り当てられている馬車に、それぞれが愛用している剣や盾といった、自分たちの装備を積み込みはじめている。銃や弾丸、連弩の矢などの共通している装備は、前日の内にアウジリアスたちが、積み込みを終えていた。


 カイルの小隊というと、男女共にやっと姿を現した。

 どうも、みんな気怠そうにしている。よほど昨日は盛り上がったのだろう。食堂に行かなくてよかったと、カイルは内心思っていた。

 特にアウレアが酷かった。メイヤに支えられながらフラフラと歩いてくる。装備も必要最低限で、他の女性たちが持っている。


「やあ、おはよう。って、アウレア、大丈夫なの」


「ああ、カイル、あまり大きな声で話さないで……頭に響くから………うぅ、吐きそう。時間まで……馬車で寝かしてもらうわ」


 そうアウレアは告げて、馬車の荷台に倒れ込んでしまった。そして、その元凶もやって来た。

 ボースは、自分の身長を超える長い金属の棒を担いできた。どうやらご機嫌らしく、顔をニマニマさせていた。


「よう、カイル。これ見てみろよ。親方特製だぜ!」


 ドゴッン!


 カイルの側にやってくると、その棒を地面に突き立てた。いかにも重そうで、怪力自慢のボースでないと振り回せないだろう。

 棒の表面は黒く鈍い光沢があり、よく見ると中心は細く、外側に行くにつれて太くなっていた。ボースらしく振り回して、打撃を与える武器なのだろう。

 剣や弓では、なかなか貫通できない狼たちの剛毛でも、これならば関係なく痛手を与える事が出来るだろう。あくまでも、当たればだが。


「む、何でアウレアのヤツ、死んでいるんだ? 昨日は頑張り過ぎたのか?」


 馬車に武器を積み込んで、戻ってきたボースが、肩に腕を回してカイルに尋ねる。


「間接的には、ボースのせいだよ。昨日、団にいた兄姉たちに、しこたま飲まされたらしいよ」


「う〜ん? ああ、あれか! 初めて作って、あまりの嬉しさに喜びを分かち合おうと思って、置いて来たやつだ。まだ飲んでなかったんだな。じゃ〜、今度は、もっと上達したのを持っていこう!」


「もっとさ、食糧とか有益な方がいいんじゃない? 弟妹たちも喜ぶし」


「何を言ってる! 酒も有益だぞ! 何より心が癒される」


 ボースが得意気に語るが、カイルは溜め息をつく。この件に関しては、相変わらず平行線だ。二人が取り留めのない話をしていると、集合がかかった。



 カイン城司令官ヴェテリウスが、広場に設けられた壇上に登る。

 彼の前には、カインライン大隊百名の戦士が、乱れも無く整列していた。彼は一人一人の顔を記憶に刻むように、じっくりと時間をかけて見渡した。

 よく知っている者知らない者、話したことのある者ない者、だが、ヴェテリウスは彼ら彼女の顔と名前は知っていた。

 若者たちを死地へ送り出す時、そして、帰ってこなかった時、いつも思うのだ。もっと、話をしておくべきだったと、彼らを記憶に強く刻むために。

 それに応えるかのように、戦士たちも決意に満ちた表情を浮かべ、司令官を見返している。

 ヴェテリウスは、全ての戦士たちを見終えると口を開いた。


殊更いまさら、私が小言を言うこともあるまい。ただ、先達として生き残ったコツを教えよう。諸君らは、日々厳しい訓練をおこなってきた。ただ、あの門の先では、ここの常識は通用しない。輸送任務と言っても油断はするな、あらゆる感覚を研ぎ澄ませ、危険に備えろ、諸君らが行っていた訓練は、まさにこの為だ。それを怠った者は帰って来なかった。危険はそこら中にあるのだ」


 ヴェテリウスは、ここで一拍置いた。深く息を吸い、そして、静かに言い放った。


「私が言いたいのは、ただ一つ、生きて帰ってこい、それだけだ。以上」


 短い訓示であるが、戦士たちの心には響いた。

 彼らの先達であり、これまで生き残って来た英雄の言葉だ。戦士たちは、踵を鳴らして右手を胸に当て敬礼をする。


「全員乗車!」


 デンスの号令の元、各小隊はそれぞれの馬車に乗り込んだ。

 カイルたち新兵は、デンスの馬車と同じだ。デンスは御者台に立ち、フィオラがその隣に座った。各小隊から搭乗完了の合図として、各馬車に旗が翻る。デンスは、それを確認すると腰に下げた剣を引き抜き掲げた。


 どこからともなく角笛が鳴る。

 それは、この谷間をこだまし、大きく響いた。その笛の音を聞いた任務に付いている他の大隊の者たちが、外に出てくる。

 彼らは黙って片足で地面を蹴り、踏み鳴らす。

 それは重なり一つの音となる。やがて彼らはそのリズムに乗り、それぞれの武器を叩き始めた。

 ある者は、剣を盾に当てて鳴らす。ある者は、槍を地面で叩く。それは、谷間に響き、重なり合い、音楽となった。昔から伝わる、死地へ向かう者を送り出す、原始的な音楽だった。

 稚拙なまじないだと妖精族は笑うだろうが、ヒト族の戦士たちは、それを聞くと気分が高揚し、勇気が湧いてくる。


「ねえ、アウレア見てよ」


 気分が悪くてグッタリしているアウレアに、周囲を見るようカイルは促した。アウレアはその光景を見ると思わず叫んだ。


「わぁ、すごい」


 外に出て来たのは戦士たちだけではない。

 生産職の者たちも白い布を片手に、窓やバルコニーから顔を出している。男性も女性も大人も子供も皆白い布を振っていた。

 それは、城壁でも岩壁の城塞でも見られ、まるで白い花びらが風に舞っているように見える。色が着いていない白い布は、血がついていない無傷を意味しており、無事を祈願していたのだ。


 デンスは、剣を振り下ろし、周囲の祝福に負けないような大声で号令する。


「カインライン大隊! これより拠点コロンに向け、出発!」


 カイン城の大門が、耳障りな大きな音を立てて開いた。紫色に染まった明空あけそらに、白く輝く太陽が昇って来た。そして、朝日に向かって、馬車が動き出す。


 その光は、希望だ。

 カイルは祈った。

 みんなで、無事に帰って来ると。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 この門の先に広がるは、残酷な世界。

 その世界は、彼らに何をもたらすのだろうか。

 それは、彼らにとって希望の光なのか。

 それとも血塗られた闇に染まるのか。


 運命の扉が開かれた。

 ついに、物語は動き出す。



 竜騎士たちの物語

 第一章 創生の竜騎士

 第一節 穏やかな日常と不穏な気配

 了

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