幕間 カイン城のバルコニーにて

 秋を告げる冷たい風が、彼女の銀色に輝く長い髪をたなびかせている。

 その閉じられた双眸では、何も見ることは出来ないはずだが、カイン城の塔にあるバルコニーから、彼らの出発を見送っていた。


 馬車の隊列は、徐々に小さくなり、やがて消えていった。しかし、彼女は、沈黙したまましばらくの間、佇んでいた。



 後ろに控えていたアルドルは、主人の体調を気遣うべきか、熟考を邪魔すべきではないか、しばらく逡巡しゅんじゅんしていたが、意を決して声をかけた。


「レナ・シー様、ここは冷えますので、お身体に差し障ります。そろそろお部屋へお戻りください」


「私はしばらくここにいます。貴方こそ、先にお戻りなさい」


 彼女は、感情のこもらない声で返答した。


「やはり我々も向かうべきでしたか」


 アルドルは、懸念があったのだ。彼女は、彼らと共に行きたかったのではないかと、その思いを彼は思わず口にしてしまった。

 その言葉に彼女は顔を向けた。その反応に、アルドルの心臓は跳ね上がった。


「いえ、計画通りサルスたちを待ちます。きっとテオも来ることでしょう。それに……」


 彼女は、再び東の空に顔を向ける。


「あの地には、彼がいます。きっと、良い方向へ導いてくれるでしょう」


「なぜ、あのような理力も使えない下等な種族に頼るのですか」


 彼女はその言葉を聞いて、今度は身体ごと振り返る。


「……私の眷属は、信用に置けないと…貴方は、思うのですか」


 アルドルは、辺りの温度が急激に下がったように感じた。早鐘を叩くように鼓動が速まり、汗が緑の肌から流れ出る。自分が最もしてはいけない失言をしてしまったと感じたからだ。


「ヒト族は、少なくとも三柱、いえ四柱の王が、気にかけています。貴方は、知らないと思いますが、ヒト族は漆黒の眷族、最初の王が創りし種族です。全ての属性を操る可能性がありながら、『世界のことわり』から外れている者」


 アルドルは絶句した。それは、『神々の大戦』以前に存在していた古き種族『エンシェント』。『竜族』『巨人族』『精霊』は、世界を支える三種族である。その存在と同じとなるからだ。それなのに、なぜヒト族はあんなにも貧弱なのだ。彼はそう疑問に思った。最初の王とは……初めて聞く存在だった。


 彼女は、胸の内を語るのは珍しく、さらに続けた。


「エンシェントが力を失いつつある今、彼らはこの世界の新たな希望です。今は確かに弱い。しかし、貴方もここで見たように、知恵と工夫で新たなものを生み出して来た。幾多の種族が、何万年経っても生み出せなかったことを、この百年ばかりで成し遂げて来た。その可能性に、ファラネンの半数は賭けているのです」


「我が主人あるじよ。貴女様もそうなのですか」


「……であれば、貴方はどうしますか」


「我が主人の御心のままに。我のやり方で」


「そうですか。期待しておりますよ、アルドル」


 彼女は、そう言うと部屋へ入っていった。

 取り残されたアルドルは、彼女の言った言葉を反芻する。


 この世界は、何が起ころうとしているのだろうか。世界に影響を及ぼすほどの力を持つ王たちの考えなど、下級の種族である自分たちには、到底理解する事はできない。だが、それではいけないのだと思う。我が王アニマモルスは言った。


『世界を見て来なさい。そして考えなさい。自分たちができることを』


 我が王はそう言って、『星屑の守護者』の従者として、旅に出るように促したのだ。それは自分だけではない。アニマモルスは、居心地の良いアーカディアから出たがらない、多くの若い眷属たちを追い出した。たとえ、自分の身が手薄になろうとも。


 アルドルは、ふと考えが浮かんだ。

 我が王アニマモルスは、『生死』の他に『循環』も司る。その眷属たちが一箇所に止まってしまうことは、世界もよどんでしまうのだろう。

 一瞬、王の微笑みが脳裏に浮かぶ。我が王の考えに触れたような気がして、アルドルは喜びを胸に、レナ・シーの後を追った。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 彼らは、こうして旅立った。

 運命に向かって。


 門が開き、馬車が荒野を進んでいく。

 彼らの胸の内にはどんなことが浮かんでいるのだろうか。


 戦士として、任務を遂行する為の義務感。

 未知の土地への好奇心。

 それとも未知への恐怖。


 様々な思いを浮かべているだろう。



 これから起こることを私は知っている。知っていて、向かわせたのだから。彼らはきっと、私を憎み恨むのだろう。たとえ、世界を救うためだとしても。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る