第四三話 最後の別れとそれぞれの想い(下)

 デンス、ふと目を覚ました。

 長年の習慣のせいであろうか、過酷な実戦をくぐり抜けたせいなのか、決めた時間で目が覚めることができる。だが、今回はその能力ではないだろう。


(嫌な夢を見た。最近は見なかったが……)


 かつての仲間たちの顔が思い浮かぶ。


(あの地に向かうからか)


 彼らは、何か言いたそうな表情をしていた。何か鬼気迫るような。デンスの知る彼らは、そんな表情は一度もしたことが無かった。彼らは、苦しい時でもいつも笑っていた。そう、あの時も。


(別に忘れていたわけじゃねぇよ)


 彼らは、悲しそうな顔をして首を横に振り、そして、消えていった。




 デンスは、起きあがろうとすると柔らかなものが腕に当たった。振り向くと彼女の頭が見えた。

 彼女は、隣でスヤスヤと寝息をたてながら眠っていた。頬に張りついた髪の毛を優しく払ってやると、寝言を言って顔を隠してしまった。

 普段の彼女と違い、年相応の愛らしさがあった。彼女はまだ若い。デンスと出会い、彼の心の傷を知ってから、彼の力になりたいと普段の彼女は、随分と無理をしているのだろうと思う。自分は、彼女にどう応えればいいのだろうか。


 しばらく彼女の寝顔を眺めていたが、やがてデンスは立ち上がり、窓の外を眺める。そこは、紫色の月に照らされた闇の世界。夜明けはまだ来ない。


「今度は、絶対に死なせない。俺の命を賭けても」


 窓に映る銀色の瞳に、血を吐くように誓った。

 日課をこなすため、彼女を起こさないように、静かに部屋を出ていった。



 ◆



 次第に空が明るくなってきた。とはいえ、陽が登るのはまだしばらくかかるので、大門前の広場には多くの篝火が焚かれていた。その篝火の間を通り軍用の大型馬車が引かれてくる。

 馬たちもまだ眠いのか、アウジリアスたちの言うことを素直に聞かず、整列させるのに苦労していた。


 カイルは、大きく深呼吸をする。朝特有の少し湿った冷ややかな空気が心地よかった。今朝は、出発前なので、あまり自主練を行うことが出来なかった。そのためか、身体が少し強張っている。

 集合時間は、まだまだ時間があるので、少し身体を動かす事にした。金属の鎧を装備しているため、身体を動かす度に、金属が擦れる嫌な音がなる。狼の牙や爪から身を守るためには、しょうがなかった。


「お、早いな。張り切り過ぎると、後がもたないぞ」


 少し熱心過ぎたのか、近くを通りかかったデンスが、声をかけてくる。普段のだらしない姿に見慣れてるせいか、戦士となった姿に違和感を感じた。しかし、その醸し出す雰囲気は、歴戦の戦士として相応しく、カイルは見とれてしまった。


「みんな、遅いね。遠征前って、もっとこう、ピリピリして、点検とかでワサワサしてるかと思ったよ」


「ああん、そんなもん、事前にやっとくべきもんだ。ギリギリまで、準備がかかるのは、無能がやる事だ」


「なんか偉そうに言っているけど、それ全部、フィオラさんがやったんでしょ」


「当たり前だ、そんな面倒なこと、何で俺がやらんといかんのだ。だいたい、フィオラは俺の部下で、そう言うことが得意な人材だ。そう言うのが得意な人材を見つけてくるのが、俺の仕事だ。適材適所ってやつだな」


「そんなことやってると、呆れて辞めちゃうんじゃないの」


「そん時は……」


「そん時は?」


「土下座して、泣きつくさ」


 本当にやりそうで怖い、目に浮かぶようだった。さっきの憧れの感情を返してほしいと、肩をガックリ落としカイルは密かに思った。


「それで、お前の仲間たちは、どうしたんだ? お前と同じように張り切っているかと思ったが」


「さっき、モソモソと朝食を取ってたね。なんか、みんな疲れ気味で、また遅くまで談話室で騒いでたのかな。ボースもいなかったし」


 と、カイルは小首を傾げていた。そんなカイルを訝しげにデンスは見ていた。カイルもデンスの視線に気付く。


「? 何?」


「あ、ああ、ボースは、きっと武器庫だな。まあ、後で分かるぞ。で、お前は昨日、何してたんだ?」


 カイルは、アウレアと二人で団に訪れ、兄弟姉妹たちとの宴の話をした。


「太母も寂しがっていたよ」


「ああ、そうだな、無事に戻ったら、久々にみんなで押しかけるか」


「うん、それがいいよ!」


 カイルは、満面の笑みを浮かべた。デンスが聞きたかったのは、そういう話ではなかったが、カイルにしろアウレアにしろ、成長は人それぞれだ。

 二人とも、どうも子供ぽさが抜けきっていない。特にカイルは、発作の件もあるせいか、必要以上に親密になることを避ける傾向にある。その意味では、老成めいているかもしれない。

 年頃のくせにと、溜め息を吐きつつデンスはちょっと心配になった。

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