第四二話 最後の別れとそれぞれの想い(中)

 カイルは、倉庫に荷馬車を返しに行くと、アウジリアスと生産職の面々が、まだ作業を行なっていた。明日、カインライン大隊の出発にあわせて、荷馬車や武器の整備、物資の点検を行っていたのだ。裏方である彼らの仕事振りには、頭が下がる思いだ。


 団の馬を預けるのに管理者を探していると、顔馴染みのミルスもまだ働いていた。

 彼に荷馬車の返却と馬のことを伝えると、快く引き受けてくれた。申し訳ないので、作業の手伝いを申し出たが、さっさと部屋に戻れと断られた。

 荷台で気持ちよさそうに寝ているアウレアを見たからだろう。その言葉に素直に従い、カイルは彼女を背負って居住区へ向かった。



 季節は秋口を迎え、外が暗くなるのは早くなった。

 城塞部分の坑道は、妖精族から購入している光石のランタンで、常に照らされている。だから時間に関係なく移動することができる。

 アウレアを女性新兵たちの部屋に送り届けようと坑道を歩いていたが、不思議なことに大隊の面々と顔を合わせ無かったのだ。

 明日の出発は夜明けだが、寝るにはまだ早い時間だ。きっと談話室でハメを外しているのだろうとカイルは思った。団でそれなりに食べたので、危ない所には近寄らないようにするとしよう。

 アウレアを送り届けたら、部屋に戻ってすぐに寝ようと心に決めた。この数日、色々なことがあり過ぎて、心身共に疲れていた。

 そんなことを考えているうちに、カイルはアウレアたちの部屋にたどり着いた。


 そのまま扉を開けるのはどうかと思ったので、ノックをすると何か物音がしたが、扉が開く気配がなかった。聴こえていなかったのかと、カイルは疑問に思い、今度はさらに強く扉を叩く。


「誰?」


 カイルが、もう一度、ノックをしようと手を振り上げた時、部屋の中から誰何すいかされた。


「カイルだけど、アウレアを送ってきたんだよ」


 そうカイルが伝えると、扉が少し開いて隙間から覗き見られた。背中で寝ているアウレアを見せると、ちょっと待ってと言われて扉を閉められた。

 しばらくすると、再び扉が少し開いて、スルリと隙間からメイヤが現れた。今はゆったりとした部屋着を着ており、普段の見慣れた制服姿と違い、カイルはその姿に少しドキリとしたが、彼女の非常に不機嫌な表情を見て改めた。


「アンタ、何やってんのよ!」


「い、いや、僕じゃないよ。団の兄姉たちが悪ノリして、飲ませてたみたいなんだよ」


 アウレアが、潰れている事を責められていると思い、カイルは思わず言い訳をしてしまった。


「そうじゃないわよ!」


「じゃ、どう言うこと?」


「まったく、アンタは。アウレアの想い、分かってるの!?」


「な、何のこと?」


 カイルには、メイヤが言っていることが、まるっきり分からなかった。それが、メイヤの逆鱗に触れてしまった。


「好きだってことよ。だって、今日が最後かも知れないんだよ」


 メイヤは、カイルの襟首を掴み上げるが、いい終えると顔を伏せてしまった。わずかだが、彼女の手は震えていた。


「あ、ええと、それは昔から感じてるよ。でも、それは受け入れられない。きっと、また彼女を傷つけてしまうから」


 そう、カイルにとっても、突然の発作で親しい人たちが傷つくのを恐れていた。それは、カイルの心の闇と言ってもいいかもしてない。


「やっぱり、分かってない! アウレアはね、その問題を一緒に解決していきたいと思っているのよ!」


「? 何で?」


「馬鹿馬鹿馬鹿、ほんとーに馬鹿! いっぺん、狼に噛まれて仕舞えばいいんだわ!」


 メイヤは、カイルのあまりの鈍さに、頭に来て怒鳴りつけると、アウレアを引きずり部屋に戻ってしまった。しかも、扉を叩きつけるように閉めた。


 メイヤは思う。何だって、アウレアはあんな男に好意を寄せているのか理解できなかった。だから理由を聞いたことがある。

 アウレアは、彼と初めて会った時から気になる存在だと言った。詳しくは語らなかったが、彼は問題を抱えており、少しでも力になりたいと、そう言うと悲しそうに笑って答えたのだ。

 残念ながらメイヤは、カイルの出自も問題も詳しくは知らなかった。時折、感情を持て余し爆発させる、優柔不断で少し幼い男と認識していた。

 先輩の女性戦士に言わせると、十代の男はそんなもんだと言っていた。アウレアが、普段からどれだけカイルに対して気を使い、思い考えているか、その健気さが伝わっていないことが不憫でならなかった。だからこそ、親友の想いを分かっていないカイルに、メイヤは腹が立つのだった。



 ちょっと、よくわからないことで怒鳴られ、鼻先で扉を閉められたカイルは、しばらく呆然としていたが、その理不尽な言われように、逆に腹立たしくなった。


(もー、いったい何だって言うのさ! ヒドイ言われようだよ。って言うか、狼に噛まれたら、普通、死んじゃうから。そういうことか、いっぺん死ねと)


 いつもメイヤに、メタメタに言われているカイルは、彼は彼なりに反省していた。

 いつからなのかは分からないが、アウレアの好意は知っていた。だが、それはカイルにとって負担となっていた。好意は素直に嬉しい。しかし、近ければ近いほど、発作が起きた時の危険度が増す。

 実際、カイルは戦士候補生の時代に事件を起こし、彼女を巻き込んで傷つけてしまった。それは、カイルの心に深い傷を作ってしまったのだ。


 部屋には誰もいなかった。まだ何処かで盛り上がっているのだろうか。疑問に思ったが、深く考える事ができないくらいの、強烈な睡魔がカイルを襲ってきた。着替えるのも億劫なくらいだ。なんとか着替えて、自分のベットに倒れ込む様に潜り込むと、途端に意識が落ちた。深く深く。そして、あの夢を見た。

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