第四一話 最後の別れとそれぞれの想い(上)

 ※日本では、お酒は二十歳から。飲めない人に勧めてはいけません。


 ◆


「あ〜〜! おねぇ〜ひゃん! キャ…イルに、とっかいだしゃないて!」


 突然アウレアが、呂律の回らない口調で、頭から突っ込んできた。クラウディアは、それをスルッとかわしたが、カイルはクラウディアから逃げる変な体勢のまま、アウレアを受け止めた。


「グフっ!?」


 アウレアの頭は、見事にカイルの溝落ちに激突した。


「ヴウウッ、アウ…レ…ア……、ごれあ…ヒドイ……」


 息が出来なくて、しばらく悶絶していたカイルだが、カイルの膝の上に頭を乗せたまま動かないアウレアに、不安がよぎった。


「アウレア、アウレア、ねぇ〜どうしたの? 大丈夫? って、寝てる……」


 クラウディアも不安に思い声をかけたが、カイルの膝を枕代わりに、幸せそうな表情で酔い潰れていた。クラウディアとカイルは、顔を見合わせて、アウレアが来た方を見る。

 さっきまで、アウレアと騒いでいた兄たちが、瓶を片手に顔を真っ赤にしていたのだ。


「いや〜、ちっこいアウレアが、大人だって言い張るからさ〜」


「大人だったら、これいけるだろってな」


「って、それお酒でしょ! 何でそんなものここにあるの!? っていうか、姉さんも飲んでたよね!」


 歳上の兄姉たちは、しまったという表情で、今更ながら酒瓶を隠そうとする。カイルは、そんな無駄な抵抗をする兄姉たちを半眼で睨みつけた。

 しばらくジーッと見ていると、観念したのか白状した。


「じ、実はな、こないだボースがやって来て、美味いから飲みなって、置いて行ったんだ」


「そうそう、ほら、き、今日は、あなたたちが、正式に戦士になれたって、そのお祝いにね、ね、ねぇ〜」


「「「うん、うん」」」


 兄姉たちは、無駄に息をぴったり合わせてくる。そんな兄姉たちに、思いっきり溜息をついたが、出所がはっきりしていて、自分たちだけで楽しむ分なら、憲兵にとやかく言われないであろう。

 が、お気楽な兄姉たちには、ついつい小言を言いたくなってしまった。


「それ、他に売ったりしたらダメだからね。バレたら憲兵に捕まるからね!」


 カイルに言われて何人かは、残念そうな顔をしていたが、カイルに睨まれると顔を背けた。

 カイルも気持ちは分からなくないと思っていた。酒を売って、その売上で食料を調達しようと思っていたのだろう。今はまだ、嗜好品である酒より、食料の方が大事だったからだ。



 そんなこんなで、ささやかな宴は盛り上がったが、日も沈みアウレアも寝てしまったことで、お開きとなった。

 カイルはアウレアを背負い表に出ると、すでに真っ暗となっていた。半分に満ちた紫色の月が、辺りを静かに照らしている。


 団で使っている農業用の駄馬を貸してもらえることになり、明日城へ働きに行く者が、馬を受け取ることとなった。おかげでカイルは、とても楽に帰れそうだった。アウレアを荷台に寝かせたが、一向に起きる気配はない。



 カイルが、荷馬車に馬を繋ぐ準備をしていると、しばらく姿を見せなかったセネルが、声をかけて来た。子供たちを寝かしつけていたのだろう。


「今日は、本当によく来てくれたね。最後に会えて嬉しいよ。どれ、よく顔を見せておくれ」


 セネルは、カイルの顔を両手で挟み、顔がよく見えるように間近に引き寄せる。


 彼女の手は、ガサガサに荒れていたが、とても暖かく心地よかった。カイルは、かがみ込んでシワが目立つ顔を見て、彼女がこんなに小さく、そして歳を取ったのかと改めて思った。


「母さん……」


「おや、はじめて呼んでくれたね。カイルや、よくお聞き。これからお前やアウレアは、絶望を感じるほどの困難が待ち受けるだろう。アウレアは、ああ見えて、意地っ張りで強気じゃが、今はまだまだ弱い。その時は、お前が護っておやり」


 セネルはそう言うと、荷台で寝ているアウレアを見て微笑む、建物に入っていった。カイルは、詳しく聞こうと追いかけたが、いつの間にか出てきた兄姉たちに捕まり、別れの挨拶を受けることとなった。



「そうそう、カイル。コロンには、兄さんがいるから、私は元気で楽しくやっていると伝えて」


「うん、分かった。必ず、クローヴィス兄さんに伝えるよ」


 そうカイルが告げると、クラウディアは弟の門出を祝うように強く抱きしめた。その後、他の兄姉たちも順番に別れを告げたのだ。

 カイルが荷馬車を進めると、兄姉たちは見えなくなるまで手を振り続けてくれた。カイルは、決意する。


(この小さな幸せを、僕ら戦士は守っているんだ。今度は、みんなで来よう。必ず無事に戻って来る!)

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