第四十話 家族との団欒(下)
この時代のヒト族は、家庭を持っていなかった。
死亡率が非常に高い時代であるため、成人を迎えた者たちは、種族の存続のためにも子供を多く作ることを方針としていた。多くの子供を産んだ女性は、食糧を優先的に配給されるなどの優遇を受けた。
アルヴのように特定の相手で
毎回、相手を変える剛の者もいるが、意外と特定の者同士で治ることも多く、後の時代のような乱れは無かったのだ。
生まれた子供たちは、数十人単位で集められ一つの『団』とされ、共同生活をしていた。子供たちは、生産職の女性たちに十五歳まで育てられる。言うなれば団そのものが、兄弟姉妹であり家族であった。
団では、五歳から読み書きや計算、体力作りなど基礎訓練を行い、十歳から戦士候補生として、戦闘訓練の基礎を戦士の教官から指導を受けることになる。そして、十五歳になると選抜試験で、戦士職か生産職に選別されるのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
団は養育施設以外にも別の役割を持っていた。
戦士階級は当然だが、近年専門化が進んでいる生産職は、各部門の上級職や機械を操る錬金術師たちは、城に居住を認められる。
しかし、大多数の下級の生産職の者たちは、団を中心とした居住区に居を構え、農業や服飾の生産、または城での単純作業などに出向いていた。
団をまとめる太母が、村長の役目を担っている。それはそうだろう、ほとんどの者の育ての親なのだから。
大広間は、いつもにも増して、ごった返していた。仕事から戻ってきた大人たちが、カイルとアウレアが帰って来たことを聞きつけて、駆けつけて来たからだ。
特にアウレアは、幼少の頃から元気いっぱいで、周りを楽しませていたので人気者だった。そして、戦士になった今では、さらに人気は増すばかりだ。
最近は、何かと戦士と生産職は、ぶつかることが増えているが、それでも自分たちの団から戦士を輩出することは、非常に名誉なのだ。
子供も大人も関係なく、飲み食いしながら一緒に騒いでいるアウレアを、カイルは部屋の片隅で眺めていた。
(そっか、僕はこの雰囲気が好きだったんだ。でも、この胸に湧き上がる空虚感、寂しさが嫌で避けていたんだ。何で今頃になって、気づいたんだろう)
一人、長椅子で思い耽るカイルの隣に、誰かが座る気配を感じた。
「クラウディア姉さん……」
「なぁに、こんな所に一人で、立派になっても相変わらずなのね」
クラウディアは、カイルに身を寄せ、彼の手に手を重ねる。
クラウディアから見るカイルは、普段は仲間たちと仲良くやっていたが、どこか無理をしているようだった。時折、遠くから仲間たちを眺めているのを見かけた。まるで美しいものを手で触れて壊さないように。
クラウディアは、カイルのそんな姿を見ると、とても心配で愛おしく思った。
そして、思わず抱きしめてしまった。
「おわぁ、姉さん近いから……って、酔ってるでしょ?」
カイルは、突然抱きしめられ、柔らかなクラウディアにドギマギしてしまう。今の彼女は三つ編みを解き、その豊かなで長い髪から仄かな甘い香りが漂って、カイルに絡み付いて来るようだった。しかし、彼女の吐息に酒の匂いが混じっているのに気付いた。
「う〜ん、カイルとだったらいいかな。頭が良くて、強い子が産まれそう」
ますます、彼女は顔を近づけて来る。カイルは、頭の中が沸騰しそうだったが、彼女の顔を間近に見て、逆に冷静になってしまった。
彼女の美しさは変わらずだが、以前に比べて頬がこけ、唇もひび割れて顔色も悪かった。カイルの表情の変化に気付き、クラウディアは顔を背けてしまった。
「お母様が言っていらしたことは本当よ。配給は以前より多いわ」
「じゃあ、なんで?」
「あの子たちに、できる限り食べさせてあげたいの。今は自分の子供のように思っているから。私はきっと……
忌子とは、呪われた災いをもたらす子供とされ、避けられる。こんなにも美しく気立ての良いクラウディアに、浮いた話が出ないのはおかしなことだった。
彼女は顔を伏せ、カイルに肩を寄せた。長い髪に顔が隠れて表情が見えない。
姉として、いつもカイルたちのことを護ってくれていた彼女にも、誰にも言えなかった苦しさが有ったのだ。それを打ち明けてくれたのは、カイルが大人になったということなのだろう。
思わず、彼女の肩を抱き寄せ、肩をさすった。彼女の細い肩は震えていた。
そして、彼女は……、クスクスと笑いはじめた。
「相変わらず、カイルは優しいのね。でも、それは素敵なことよ」
彼女は、片目を瞑り舌を出す。
カイルは、しばらく唖然としていたが、状況が分かってくると、重いため息をつき、半眼でクラウディアを睨む。アウレアとそっくりだ。いや、アウレアが彼女に影響されているのだろう。
「騙してたんだね! まったく、この団の人たちは! どいつもこいつも揃って僕をからかって、何が楽しいの!」
「あはは、やっぱり、みんなにいじられているのね。それは可愛いいからよ」
クラウディアは、カイルの頭を撫でるが、カイルはそれを振り払う。
「僕は、全然、楽しくないからね!」
カイルは、不貞腐れてそっぽを向いた。
「でも、ほんとのことだから……」
クラウディアは、少し悲しそうな表情をした。怒り心頭のカイルは、彼女の小声のつぶやきを聞き逃してしまった。
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