第三九話 家族との団欒(上)

 二人は、大広間に通された。

 大広間は、もともと倉庫として使用していた場所で、岩壁を大きくくり抜き、外側は煉瓦で壁を作っていた。窓は大きく取り付けられて、なるべく陽の光を取り入れられるようにしてあった。

 今日は、暖かく全ての窓を開けていた。遠くで子供たちの笑い声が、風に乗って聴こえてくる。

 穏やかな昼下がりだ。まだ、ここを離れてから一年も経っていないのに、カイルは懐かしく思う。ここで、みんなと食事をしたり、勉強をして遊んだのだ。


 奥には神像が二体飾られており、アウレアがその前でひざまづき、両手を胸に当て祈りを捧げる。

 神像の一つは、フィデスと言った。信義を司る女神で、右手に剣、左手に玉を持つ、誓いを破ると彼女が断罪し、苦難が訪れると伝えられていた。

 しかし、妖精族と関わりを持つと、世界にはそのような者は存在しないと知らされた。それでも、ヒト族には倫理を守るため、今も信仰されている。もう一つの神像は、カイルが知っている存在だった。いや、知ることなったと言うべきか。

 その人に、そっくりだった。


「二人とも良くきてくれたねぇ。元気そうで何よりじゃの」


「お母さん、元気だった」


「太母もお元気そうで」


 奥の部屋からバスケットを持った老婆が現れた。彼女はセネルといった。団を統括する女性は太母といい、この団の全ての者の母たる存在である。老婆と言っても四十を越えたくらいだが、髪も目も白くなり、視力もかなり落ちているそうだ。


「二人とも昼食はまだじゃろ、残りもんじゃがこれをお食べ」


 セネルは、二人にビスケットを渡した。小麦粉に山羊の乳を混ぜて、ただ焼いた粗末なものだ。中に香草や木の実を砕いたものが少し入っていた。普段食べている戦士の食事に比べると、はるかに劣るものだが、二人は想いに胸が詰まり黙々と食べてしまった。


「あ、お母さん、こないだ来た時、足りないって言ってた物、持って来たから使って」


「いつもいつも済まないねぇ。そんなに気にすることはないよ。昔に比べると、配給も随分と貰えるようになったからねぇ」


(そっか、時々いなくなると思ったら、アウレアはここに来てたのか。それ比べ、僕は……薄情者だ)


 カイルは、戦士になってから一度も団に戻ったことは無かった。嫌った訳ではなく、ここに預けられた約五年間、とても大切に育てられ感謝していた。

 だが、違和感が拭えなかった。ここは、本来の居場所ではないとさいなまれていたのだ。だから、周囲の人の善意に、いたたまれない気持ちでいっぱいで、避けていたのだった。


 二人はセネルと共に、しばらく同じ団の出身であるデンスやボースを筆頭に、他の者たちがどんな生活をしているのか、面白い失敗談や厳しい訓練の話をセネルに語った。

 セネルは、笑い声をあげたり、時折寂しそうな表情をしたりして、黙って二人の話を聴いていた。戦士職のほとんどの者が、カイル以上に帰っていないのだ。


「そういえば、太母。フィデスの隣にある神像は?」


「カイルは、知らなかったのかい。あれは、はるか昔からヒト族をお護り下さった、星屑の守護者様だ」


 カイルは、ガクッと目眩を感じた。


「最近じゃ、戦士の若僧どもが、魔女なぞと不敬な事を言い寄る輩もおるがのぉ、二人ともそんな戯言に載せられるでないぞ」


「お母さん、どうやら城に来てるらしいよ。すっごい綺麗な人らしいよね。あたしも見てみたいなぁ。ねっ、カイル」


「あっ…いや…僕は……」


「ムッ、何よ!」


 挙動不審となったカイルを見て、アウレアの機嫌が急降下する。


「いや、実は会ったんだ。この前」


「おやおや、カイルもやるねぇ。もう、そんな歳だもの時が経つのは早いねぇ」


「何! カイルもボースみたいに……」


 アウレアが爆発しそうになった時、扉が開いた。クラウディアと子供が戻って来たのだ。

 子供たちは、久しぶりに会う二人に駆け寄って、纏わりついてきた。戦士としての二人は、子供たちにとって物語の英雄と変わりない。


「こらこら、あなたたち、二人とも疲れているのだから、休ませてあげなさい」


 クラウディアは、たしなめて子供たちを捕まえようとするが、それをすり抜けて二人に飛びついていく。


「ねぇ、お姉ちゃん、お話聞かせてぇ」


「兄ちゃん、剣術を教えてくれよ」


「おやおや、二人とも人気者だねぇ。ほら、そろそろ夕食の準備をしないとねぇ。皆も手伝っておくれ」


「よし! あたしも手伝うよ! お話、聞きたかったら、芋の皮剥きで競争だ! あたしに勝ったら、とっておきを話してあげるから」


「やったー! ぜぇっ〜たい勝つから〜」


 セネルの後を追って、アウレアは年少の子供たちを連れて、炊事場へ向かった。


「アウレアは、相変わらず元気ね。あ、カイルはここでくつろいでいて」


 腰を浮かそうとしていたカイルをクラウディアが止める。


「そうは言ってもさ」


「いいからいいから」


 カイルを椅子に座らせると、クラウディアも炊事場へ向かった。そうこうするうちに、年長の子供たちが食器を運んできた。そのうちの一人、モイルが近寄って来た。


「兄ちゃん兄ちゃん、オレさ、もうすぐ十歳になるんだ。そしたら戦闘訓練をするようになるじゃん。どんなことをやるか教えてくんない?」


「え、手伝わなくていいの」


「大丈夫だって、またしばらく兄ちゃんたち来ないでしょ。今日しかないから。それに、今年の候補生は、オレしかいないんだ。だから、絶対、戦士になりたいんだよ」


 大丈夫だと言いながら、モイルは声をひそめる。思わずカイルは苦笑した。自分が十歳の時に、この団に連れてこられた。もし、普通の育ち方をしていたら、彼と同じ想いを持っていたかも知れない。だから応えることにした。


「わかったよ。じゃ、少しだけな」


「やったー! さっすが、カイル兄は、話が分かる。アウレアとは違うな!」


「最後のは、余計だぞ」


 カイルが軽くモイルの頭をこづくと、舌を出して笑った。そして、二人はこっそりと表へ出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る