第三八話 クラウディア
嫌がらせの昼食を何とか平らげ、カイルは身支度を完了すると、ふと気付いた。
長年、霧のかかった感覚が消え去り、胸の奥に違和感はあるが、頭がスッキリとしている。身体もなんだか軽い感じがした。
ボースがくれたミードのおかげだろうか、それともレナ・シーの何かしらの術のせいか、何だか引っかかっていたことを思い出しそうなそんな気がした。
今まで感じたころのない高揚感に包まれ、カイルは訓練所に向かった。
訓練所では、射撃訓練は行われておらず、人だかりができていた。何だか嫌な予感を覚えたカイルだったが、
「メイヤ、あの二人は何を揉めているの?」
「あらカイル、元気そうね。あれ、いつもの兄妹喧嘩? じゃれあい? 結果は分かっているんだから、ボースも懲りないわよね。アンタも関係者なんだから何とかしなさいよ」
メイヤとカイルは顔を見合わせて、一緒に溜め息をついて頭を横に振る。いつものことで、結局、再発するので止めても無駄だった。
理由を尋ねると、どうやらカイルの心配していたアウレアが、訓練所に現れたボースに容態を聞こうとしていたようだ。
いつも通り、のらりくらりの要領の得ない話で、からかっていたそうだ。そして、アウレアもいつも通り、短気を爆発させた。
型通りの展開なので、大隊の面々も慣れており、休憩がてら楽しんでいた。しかし、渦中の二人は、結構本気で対決していのだ。
ボースの獲物は、両端に布を厚く巻いた棒で、それを振り回し剛力を活かした、力で押し切る流技である。対して、アウレアは、片刃の短刀を両手に持ち、体術を絡めて速度と敏捷性で相手を翻弄する流技だ。アウレアは短刀を逆手で斬りつけ、握りには金属のナックルガードが付いているので、それで殴りにいったりする。
この喧嘩も大詰めのようで、ボースが棒を振り回してアウレアを追い詰めようとしている。アウレアは、それを紙一重で避けながら青い光を纏っていた。その輝きは徐々に増していった。
「ねえ、メイヤ。なんかアウレア、青く輝いていない?」
「はぁ? 何言ってんの? そんなの見えないわよ」
メイヤは、訝しげにカイルを見た。
(やっぱり、他の人には視えていないだね)
辺りを見回していたが、誰も気付いた様子は見えず、二人の戦いに熱中し歓声を上げていた。
(そろそろ、終わりにすっか)
ボースが、勢いをつけ大振りに棒を振るう。ワザと隙を作ったが、アウレアは躊躇なく、そこをついてくるだろうと思っていた。が、珍しくアウレアは姿勢を乱したのだ。
(ヤベェっ! 当たっちまう)
焦ったボースは、棒の軌道を変えようと、あちこちの筋肉に悲鳴を上げさせるが、振り抜いてしまった。そして、棒に軽い衝撃が伝わる。
(やっちまった! って、あれ?)
あまりの衝撃の少なさに、棒の先を見ると、目を吊り上げ、口元を歪ませた表情のアウレアが、ちょこんと立っていた。そして、棒を駆け、膝がだんだん大きくなって……。
ガゴッ!
アウレアの膝が、ボースの顔面に突き刺さり、ボースの意識は暗転した。
「フン!」
アウレアは、ボースを一瞥してから顔を背けて立ち去った。その表情は怒りに染まっていた。手を抜こうとしていたのが、分かっていたからだ。
「いや〜、何度見てもアウレアの体術は、素晴らしいね。美しさを感じるよ」
「イヤイヤ、ボースの棒術だって見事だよ。ただ、力だけで振っている訳ではない。少ない力で滑らかに振って、ここぞのところで力を加えている」
野次馬が無責任な論評を行なっていると、かなり早い時間だ、が今日の訓練は終了となり、解散を命じられた。アウジリアスや生産職が、遠征に使う武器や道具の整備を行うためだった。
めちゃくちゃ不機嫌そうなアウレアが、カイルを発見し向かって来た。その唯ならぬ気配に、救いを求めようと隣にいたメイヤに目を向けるが、いつのまにか居なくなっていたのだ。
やがて、カイルの元にたどり着いたアウレアは、その大きな瞳でカイルをジッと見つめる。並々ならぬ彼女の迫力に押されるように、カイルは一歩後ずさるが、彼女も一歩詰め寄ってくる。そして、彼女は、口を開いた。
「明日の休み、予定ある?」
「は…い !?」
◆
カインライン大隊は、明日の出発に備えて完全な休日となっていた。幹部たちもそれは変わらない。
外地へ向かう者たちへのはなむけであった。外地の危険度は、極端に跳ね上がる。たとえ、片道三日の輸送任務であっても、道中で怪物たちに襲われないという保証はないのだから。
休日の過ごし方は、人それぞれだ。武器の整備や訓練に余念がない者。普段は、得られない飲み食いに耽る者。一番多いのは、気に入った異性と共に過ごすことだろう。種族の存続という意味では、ヒト族にとって非常に重要な案件でもある。
アウレアの迫力に押されて、カイルは朝食後、技術工廠の倉庫にやって来たのだ。彼女に誘われなければ、眠り過ぎの後遺症なのか、体に違和感があるため、軽い訓練を行なったり、図書館で調べものをして過ごそうと思っていたのだ。
アウレアは、小型の荷馬車の前で、アウジリアスや生産職の者と話をし、何やら積み込んでいた。
「やあ、おはよう。何やってるんだい」
「あ、カイル、おはよう。丁度いいところに来た。この荷物を荷馬車に積んで欲しいの」
「俺たちも手伝ってやるよ」
「いいっていいって、仕事の邪魔をしちゃ悪いから」
アウジリアスの数人が、手伝いを申し出てくれたが、アウレアが断ってしまった。
「そうかい」と言って彼らは去っていった。
「これ、やっぱり、彼らにも手伝ってもらった方が良かったんじゃない」
数量もかなりあるし、何が入っているのか分からないが、微妙に重かったのだ。
「そぉお、運動になるでしょ。カイルも体を動かしたいって言ってたじゃない」
「確かに言ってたけど、これは違うかな。ま、いいか」
昨日と違って妙に機嫌が良く、テキパキと荷物を積み込んでいるアウレアを見ていると、何だかカイルはどうでも良くなった。二人が少し汗をかきはじめたくらいで、積込は完了した。
「で、これ何処に運んで行くの? 馬は?」
「団の皆んなに贈り物。馬は……明日の準備だとかで、借りられなかった」
言いにくそうにしていたアウレアだが、片目を瞑って小さく舌を出して答えた。それは、この荷馬車を人力で運ぶということだ。団の所在は、歩いても三十分ほどであるが、荷馬車を押していくとかなりかかるだろう。
「ええ〜! それこそ、力が有り余ってるボースにも頼めば良かったじゃない」
「随分前から頼んでたわよ! アイツときたら、色々と忙しいって逃げやがって! だから、カイルに頼んだのに……ウウ」
アウレアは一通り爆発した後、俯き両手を顔に当てる。カイルは、流石に今度は騙されないぞと思っていたが、遠くで工廠の人たちがこちらをチラチラ見つつ、何か小声で話しているのを見てしまった。カイルは、ちょっと焦った。
「別に手伝わないって言っている訳じゃないから」
「さっすが、カイル。だから大好きよ!」
カイルが答えた途端、ガバッと顔を上げ、満足げな満面の笑顔をしていた。
「それじゃ〜、しゅっぱ〜つ!」
アウレアは、クルッと回転し指を刺した。
カイルは、深いため息をついて、物凄く疲れを感じていた。
◆
「やっと……、着いた」
「ゼェゼェ、結構…しんどかったね」
二人は地面に座り込んだ。下手な訓練よりもキツかったのだ。
結局、降昇機で地上に降りた後、保存食も購入した。全て、アウレアが貯めていた支給金で支払ったが、さらに荷物が増えたこよとで、荷馬車が壊れるかと思った。
「アウレア…さすがに……考えなしでしょ…」
「ごめん……、あたしも……そう思った」
かなり、身体を鍛えている方だと思っていた二人だが、あまりにも荷物が多過ぎた。結局、目的地に着いたのは、昼を過ぎてのことだった。
「あっ! アウレア姉ちゃんだ! カイル兄ちゃんもいる!」
岩壁を利用した建物から、子供たちがわらわらと現れた。午後の運動の時間なのだろう。グッタリとした二人を取り囲む。
「なんかいっぱい運んできたね〜」
「なになに、楽しい道具とか〜」
「甘いお菓子とか、いいな〜」
「お話聞かせて〜」
「稽古つけてよ」
「こら! あなたたちは、運動の時間でしょ。後にしなさい」
子供たちの後に続いて、アウレアと似た髪型をした若く美しい女性が現れた。彼女はさらに幼少の子供たちの手を繋いでおり、年長の子供たちを優しげな声で叱りつけた。
「わ〜、クラウディア姉ちゃんに、怒られた〜」
子供たちは、笑いながら駆け出して行った。これだけでも彼女が、子供たちに愛されているか分かるだろう。
「二人とも、いらっしゃい」
クラウディアは、花が咲いたような笑顔で微笑んだ。
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