第三七話 ボースの夢(下)

 ドヴェルグ族は、火と土の属性を持つものが九割を占めていたが、他の種族と違い真王に仕えずに、ドヴェルグ王の元に一つに纏まっていた。


『神々の大戦』が始まると、火土両真王から帰属するように圧力がかかった。

 ドヴェルグ族は、強力な兵器を作り出し、組織だって戦う事を得意としていた。その頃は、個々で戦うことが主流だったため、統率された集団戦を行うドヴェルグ族を、他の種族は脅威に感じていた。

 真王の駒にされたくなかったドヴェルグ王は、要請に応えようとせず、自領の防衛に固執し、外征をしようとはしなかった。

 しかし、真王たちは様々な策略を巡り、鉄の結束を誇っていたドヴェルグ族に亀裂を入れる。一度入った亀裂は、大きくなるのがとても早い。

 ドヴェルグ王は、内部闘争に絶望して、少数派の属性を持つ者を率い、王国から立ち去ったのだ。王を失った王国は、激しい内乱の末、二つに分かれた。


 その二つの王国は、『神々の大戦』が終わった後でも、度々小競り合いを行なっている。その争いに一番被害を受けたのは、農民たちだった。

 はじめは、個人の田畑が戦場になり、立ち行かなくなった者たちが、闇の王が封印され、空白地帯となったノックスへ逃れた。そして、戦場が大きくなるにつれて、村ごと移住するようになったのだ。それは、ドヴェルグ王国に住む、他の種族も同様だった。



「……って訳さ。そのグティってヤツが言っていたのは、村ごと移住して来た連中の事だな」


ボースは、訳知り顔で、カイルに説明する。


「へ〜、ドヴェルグ族も大変だね。そりゃ、親方も怒る訳だよ」


「俺たちにとっては良い事だぜ。被害を受けた人たちは、気の毒だけどよ。妖精族の農業技術は、すげぇぜ。あの岩だらけだった土地を農耕地に変えたんだ。今じゃ結構、作物が採れるようになったんだぜ」


「訓練をサボって、何やっているかと思えば、そんなことやってたんだ」


「別にサボってねぇよ。訓練はレゲルでやってたさ。馬車を走らせて、より実戦的に。だいたい、動かない的にいくら撃ったって訓練になるか」


「アウレアも似たようなことを言ってたよ」


「あんなちびっ子と一緒にするんじゃね!」


 それを聞いたカイルは、肩をすくめてため息をついた。きっと、それを聞いたらアウレアも同じことを言い返すだろう。やっぱり、似た者同士だ。内心呆れてしまった。


「でもさ、カイル。俺、分かったんだよ。大隊の兄貴たちがさ、よく妖精族は一緒に戦わないって、悪くいうじゃんか。でも、ここにいる妖精族のほとんどはさ、生産職なんだよ。いくら俺たちより強いって言っても、闘い方を知らないんだ。機械に関しても、今まで考えもしなかった技術の話をされても困るだろ。だってさ、農業や酒の作り方は、すげぇ詳しく教えてくれたよ。俺たちヒト族は、妖精族に甘え過ぎてるんじゃないか、そう思ったよ」


 ボースのそんな話に、カイルは思わずホロリと来そうになった。普段は適当なくせに、妙なところで核心を突いている。いや、これはボースの手だ。何度、これで痛い目にあったことか。内心、カイルはそう思っていた。だが、同時に思う。自分は、何を成すべきなのか。

 ボースは、考え事をしているカイルに気付かずに、さらに続ける。


「カイル、いくら禁欲的に節約をしても、貧しさは無くならない。だからさ、根本から変えなきゃダメなんだ。お前も美味しいと思っただろ、この酒を。俺はさ、この美味い物をさ、生産職の連中にも飲んでもらいたい。それが俺の夢だ。今が挑戦する良い機会なんだ」


 遠くを見遣っていたボースは、少しぼうっとしているカイルに視線を移した。


「お前は、何がやりたいんだ? 何に迷っている? 何に悩んでる? それは、お前を殺すぞ。そして、周りの人間も。アウレアを犠牲にしたら、許さんからな!」


「僕は……」


 ボースの激しい言葉に、カイルは答えられなかった。そして、黙ってうつむき、色が変わるくらい強く拳を握った。

 ボースは鋭い。ボースの話を聴いている途中から、レナ・シーとの会話を思い出し、自分では見た覚えがない、色々な情景が浮かんでは消えていった。


 ボースは、カイルの微妙な変化を見逃さず、激しい口調で、追求したのだ。


(僕は、何者で、何なんだ)


 胸が疼く。


「メシを置いておくから食え。体調が大丈夫そうだったら、顔くらいは出せよ。みんな心配している」


 そう言って、ボースは部屋から出ていった。


 カイルは、しばらくじっとしていたが、やがてのそのそとベッドを降りて、食事を置いてある机に向かった。

 机の上には、木の深皿が置いてあり、ミルクに麦を煮込んだ粥が入っていた。既に冷え切っており、水分を吸い取った麦はふやけていた。スプーンを入れるとゴッソリと固まりが取れた。それをかじるように一口食べた。


「うぐ、アイツめー! カッコつけて出ていったけど、これかー! 結局は嫌がらせをしていくんだな!」


 あまりの不味さに涙目にながら、貴重な食べ物を捨ててしまうのは勿体無いので、全て食べ切った。絶対に仕返ししてやるとカイルは誓った。

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