第三六話 ボースの夢(上)

 ※日本では、お酒は二十歳から。飲めない人に勧めてはいけません。


 ◆


「うっせーな! ゆっとくけどな、今回も俺の完勝だがな!」


「よく言うよ。いつもボコボコにされてるくせに」


「それは違うぞ。あれは、あえて受けてやっているんだ。あんなチビっ子の攻撃なんか、いくら受けても効かないね!」


 カイルは、やれやれという感じで首を振る。

 二人と出会ってから、何百回も繰り返している問答だ。二人はカイルとの付き合いより遥かに長い。幼少の頃から兄妹のように育ってきた。


 ボースは訓練といえども、アウレアに当てたことがない。アウレアの立ち回りが上手いのもあるが、カイルの見立てではボースはかなり寸止めをしている。アウレアもそれを分かっているのだろう、だから腹立たしく思い、強く当てにいっているのだ。

 カイルは、そんな二人を呆れつつも同時に羨ましく思っていた。自分には、幼少の記憶が無いのだから。


「ほら、喉が渇いているだろう。これを飲め」


 ボースが木のコップをカイルに手渡す。

 色々と問題を起こしては、カイルを困らせるが、ボースは面倒見が良いのだ。ボースの優しさと気遣いに触れ、思わずにやけてしまった。

 何気にカイルはそれを受け取り、そして一気に飲み干し……吹き出した。


「あーあ、もったいねぇな。吐き出すなよ、まったく」


 ボースは、近くにあった手ぬぐいをカイルに投げて渡す。


「ゲフォっゲフォっ、あ…に、ごれ…グゥお」


 カイルは、食道から胃に流れ込む熱い液体に、抗おうと胸を掻きむしりつつ、手拭いを口に当て吐き出そうとしたが、何も出てこなかった。そもそもが少量であり、一気に飲み干してしまったからだ。


「ああん、単なる気付け薬だ。か・ら・だ、あったまるだろ」


 ボースは、ニヤリと笑い、したり顔をしていた。さっきの感謝と想いは撤回だと思い、カイルはボースを睨みつけた。確かに、ボースの言う通り、冷え切っていた身体は、次第にポカポカとしてきたのだが。


「今のは、単なる嫌がらせだ。完全に目も覚めただろ。本命はこっちだ。少しずつで良いから飲め、大丈夫かなり薄めてあるからな」


「やっぱり、嫌がらせか!」


 カイルは、不審な目でボースを見ていたが、ボースはまったく気にせず、飲み物を勧めた。しぶりながらコップを受け取ったカイルは、コップの中身をよく見てみた。中身は、綺麗な琥珀色をした液体が入っていた。それは、ほのかに甘い匂いがする。今度は慎重に口に含む。


「甘い。かと言って、甘すぎない。これは、美味しいよ」


「やっぱりな。お子ちゃまなカイル君には、こちらが良いか」


「う、うっさいよ! 子供っぽくて、悪かったな! で、でもさ、これ、何でできてるの」


 ボースの余計な一言には腹が立ったが、この飲み物の材料に興味を引いた。それだけ、甘すぎず、さっぱりしていて、酒特有のクセが少なく飲みやすい。カイルは、たちまちこの飲み物を気に入ってしまった。


「これは、ミードって言ってな、蜂蜜から出来ている。さっきのは、芋だ」


「えっ、そんな高価なものを……」


 思わずカイルはコップの中身を見入ってしまった。

 蜂蜜はとても高価なモノで、アーカディアからたまに運ばれてくる。ほとんどのヒト族は口にした事はない。蜂蜜どころか、この岩だらけの土地では、果物でさえ口にすることは滅多にない。

 甘いモノを知らずに、死んでいくヒト族も多いのだ。そんな貴重な物をがぶ飲みしてしまい、申し訳ない気持ちで、いっぱいになってしまった。


「あ、それ、俺が作ったんだぞ。ガガルゴの親っさんや他のドヴェルグの人たちに習ってな。結構良い出来だろ」


「材料とか、どうしたの?」


「ん、お前、知らないのか? 少し前から妖精族が内地にやって来てな、荒地を耕作地にするのを手伝ってもらっていたんだ。見たことない色のアルヴやドヴェルグに、獣人みたいなのもいたな。ありゃ理力って言うんだってな、すげぇよ。俺たちがいくら耕しても上手く行かなかったのに、ヤツらがやるとあっという間だったぜ」


 興奮した様子で、身振り手振りを交えながらボースはカイルに説明した。


「お前は、ここカイン城に引きこもっているから知らないだろうけど、結構、内地の妖精族は増えているぞ」


 ノックスは、非常に高い山脈が取り囲み、天然の防壁に守られていた。この山脈は、三ヶ所だけ深い谷があり、カイン城と同じく、それぞれに城門が築かれていた。この内側を内地と呼んでいたのだ。

 カイン城から馬を走らせ、約一日行くと谷が終わり、出口にもレゲルという名の砦が築かれていた。万が一、カイン城が落ちた時、最後の防壁としての役割を担っているのだ。だが、レゲルの砦は、耕作地や牧草地を管理する役目が強かった。

 カイン城の食糧の一部はここで作られているのだ。ノックス地方に移り住んできた妖精族は、レゲル近辺にも数家族、定住していた。


「そういえば、グティさんがそんな話をしてたね。まだ、先のことみたいな話だったけど」


「誰だそいつ?」


「ああ、ボースはいなかったからね」


 カイルは、ガガルゴとグティエリスの話をし、ボースはレゲル砦の話をし、二人はお互いの情報を交換をし合った。

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