第三五話 内に潜む者
「貴方は、アスクラを信じていますか?」
突然、アスクラのことを話され、カイルは思わず困惑してしまった。この人は、何を言いたいのだろう。
「ええ、もちろん。いつも親身になって、僕のその…発作…を治そうと考えてくれています」
「では、私と彼の関係も聞いているのでしょう」
「はい、師弟の間柄だと」
「私は、友と思っていたのですが、なかなか上手くいきませんね。実は以前から貴方の発作について、相談を受けていたのです」
治癒師としてのアスクラは、カイルの発作の原因が精神に関わるものと見抜いていた。アスクラの能力は肉体の治癒であるため、精神を治療できる闇属性の治癒師を探していたのだ。
しかし、現在では闇属性を持つ者は多くはないので、アスクラでは探すのが困難であった。
そこで、世界を巡って旅をしている師のレナ・シーであれば、その人脈を通じて良い治癒師が見つかるのではないかと考え、連絡をとっていたのだ。
「貴方に断りもなく進めていたことは、責めないであげて下さい。事態は切迫しているようですし、ぬか喜びをさせてはいけないと思ってのことです」
「そこまで考えていたなんて、僕には感謝の念しかありません」
「そう言ってもらえるとアスクラも喜ぶでしょう。ただ、残念ながら貴方の発作を止められる治癒師はおりません。私が知る世界最高の精神治癒師は、現在、簡単に会える場所におりません」
やっぱりと思いつつも、カイルは彼女の話を聞いて、落ち込む事は避けられなかった。一生この厄介な発作と付き合っていくしかないのか。周囲に迷惑をかけないように、一人で生きていくべきなのだろうか。そう、暗い方向へ思考が漂っていると、彼女の鈴の音のような声がカイルを引き戻した。
「治癒師は見つかりませんでしたが、代わりに私が来ました。対処療法ですが、私の能力で貴方の発作を軽減させることができます」
落ち込んで俯き加減だったカイルは、その言葉を聞いてガバッと顔を上げ、横にいるデンスに顔を向けた。
「お前、ホントに調子のいい奴だな」
さっきまで落ち込んで、暗い表情を浮かべていたカイルだったが、途端に満面の笑みを浮かべてデンスを見た。
その百面相ぶりにデンスは思わず吹き出してしまった。
「だってさぁ〜、自分が知らない間に、みんなを危険に晒していたんだよ。それが軽減されるだけでも嬉しいよ。早くやってほしいな〜」
「もう、終わっておりますよ」
「えっ、ひょっとして、さっきの? そう言ってくれればよかったのに」
「貴方の内なる者の抵抗が強くなるので、致し方無く行いました。これで本来の貴方たちとゆっくりとお話ができます」
(内なる者? 本来? 貴方たち?)
カイルは疑問が浮かび、尋ねようとすると、先に彼女が話を続ける。後で聞けばいいや、と後回しにしてしまった。
「ここからが本題です。貴方は見えているのでしょう」
彼女の言っていることが分からず、尋ねようとした時、カイルの目には、彼女から白いモヤが立ち上がり、それは増していった。そして、銀色の輝きを放つ、光の粒が煌めいているのが見えた。
『星屑の守護者』
そう付けられた二つ名にふさわしい美しさだった。
そして、辺りは虹色の霧? モヤ? 初めて見るものが、辺りに輝きながら漂っている。それは、濃くなったり薄くなったり、まるで生きているようだ。いや、これは初めて見たわけではない、以前から何度も目にしていたのだ。
(何で忘れていたんだろう。そうだ、他にも)
「やはり、見えているようですね。他にもあるでしょう」
「これは、何? でも、これは前にも見たことがあった。何で忘れていたのかな」
「質問の答えは、後にしましょう。今は時間がありません。貴方の見たことや覚えていることをお話しください」
アルヴが時間のことを気にするなんて、相変わらず彼女は無表情だが、何処となく焦っているのを感じた。レナ・シーに急かされて、カイルは徐々に思い出してきたことを話し始める。
夢のこと、二人の男女と思われる人に話しかける。優しい口調でかたりかけてくれていたが、最近では、物凄く怖い口調の時もある。そして、起きている時でも聞こえ始めていた。ただし、非常に聞きづらく、内容がよく分からない。
同僚のアウレアのことも話した。アウレアもレナ・シーと同じように、色違いのモヤを纏っていた。ただし、アウレアの場合、金、青、水色、緑、と四つの色に、見る度に変わっていた。
また、彼女には不快かと思ったが、彼女への感情も話した。カイルは、なぜか話しておかなくてはいけないと感じたからだ。
アスクラの診療所ですれ違った時は感じなかったが、会議で再び出会った時、負の感情が湧き上がってきた。それは、時間が経つと共に次第と強くなっていった。
レナ・シーは、カイルの話を聞きながら、顔を俯き手を口に当てて考えている仕草をしていたが、やがて顔を上げた。そして……。
「どうやら予想よりも、侵攻が早そうです。今の貴方たちを見させて頂きましょう」
カイルが口を開く前に、レナ・シーの閉じられた双眸がゆっくりと開かれる。カイルは、虹色に輝く二つの光を見たと思った時には、意識は暗闇に落ちていった。
◆
雑に削った見慣れた天井が見える。
どうやら自分のベットで寝ていたらしい。カイルは、起き上がろうとしたが、強烈な頭痛をおぼえ、頭を枕に戻した。
(何でここに? 確か会議に出て、レナ・シーさんと話して、何だっけ?)
いつ部屋へ戻ってきたのかも、憶えていなかった。
辺りを伺うと、窓から差し込む陽の光でかなり明るかった。部屋には誰もいないのかとても静かだ。遠くから誰かの怒鳴り声や機械の規則正しい音が聞こえて来る。
「あれ、寝坊しちゃったのかな。みんな起こしてくれればいいのに、冷たいなぁ」
つれない同僚たちに悪態を突き、のそのそともう一度起き上がった。先程より頭痛は軽くなり、次第に痛みは消えていった。上半身を起こしたが、何をすれば良いか思い浮かばず、しばらくカイルは、ぼうっとしていた。
「お、目が覚めたか」
ニョキとベットの傍から頭が現れる。
「おわっ、なんだボースか。驚かさないでよ」
「何だは、ないだろ。せっかく看病してやったのに」
ボースは、ヒト族の中でも長身だ。普通に立っていても、二段ベットの上段を除けるくらいの身長があった。体格もガッチリとしていて、しょっちゅう力自慢をしていた。
「看病?」
「会議中に、妖精族の美女さんにあてられて、のぼせてぶっ倒れたってデンスから聞いたぞ」
デンスめ〜と、カイルが熱り立ったが、ボースは続ける。
「でも、心配したんだぞ。今日は、訓練日の三日目だ。丸一日目を覚まさなかったんだからな。いくらアスクラ先生が、安静にしておけば大丈夫って言ってもな。アウレアを宥めるのが大変だったぞ!」
「あ、それが本音だね。また、アウレアと喧嘩したんでしょ」
ボースの厳つい顔をよく見ると、頬が少し腫れていた。
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