第三十話 射撃訓練と会議(下)

 一日目の訓練は怪我人も出さず無事に終わり、夕食後に二日目以降の訓練内容が発表された。

 事前に知らされていたが、弾薬不足を補うため、各小隊から射撃手を選抜し、集中した射撃訓練を行う。残りの者も馬車に搭載する大型連弩や炸裂弾の訓練の役割を与えられて、別々に訓練を行うこととなる。

 その通知は、食堂の掲示板に貼られており、カインライン大隊の面々が、人だかりを作っていた。もちろんカイルもその中に混じって、自分の小隊を確認していた。


 カインライン大隊は、新兵だけで一つの小隊を形成していた。他の大隊では、通常、各小隊に一人か二人が割り当てられる。しかし、デンスは、何が起こるかわからない戦場で、不安要素である新兵を最前線に置くことを嫌ったのだ。

 その代わりに、デンスまたは、フィオラの直属として、大隊本部に役割を与えていた。まずは、一番安全な所で、戦場の雰囲気に慣れさせる為でもある。


 本部にいても、ただ眺めているだけではない。

 本部の仕事はかなり慌ただしい。各小隊から上げられてくる情報をまとめ、整理を行う。デンスの下した命令を伝令として各小隊に届けたり、各小隊が欲している資材があれば、輸送隊に必要な物を取りに行き、補給を行なったりする。

 やる仕事が多く余計なことを考えている余裕がない。余裕があるから余計なことを考えて、恐怖に溺れてしまう。だからデンスは、新兵には余裕が無いほど、こき使っていた。演習であっても新兵たちは、演習の終わりにはヘトヘトに疲れ、動けなくなるほどであった。



(お、アウレアはやっぱり射撃手だよね。メイヤも射撃手か。ボースは…連弩と投擲手か、やっぱりね。あれは、かなり筋力がいるから。僕は……あれ? 無いぞ? えーっと、忘れられた?)


 掲示板を見ながら困惑していると、肩を叩かれた。振り向くとそこにはトーリスがいた。妙に深刻な表情をしているのが気になった。


「カイル、お前はこっちだ。ついてこい」


(え、なになに、さっきのアウレアの悪ふざけが、大事おおごとになってしまったとか)


 カイルは、さっき食べたものが逆流してきそうな感覚を味わい、胃に辺りをさする。


 トーリスと共に歩いて行くと行き先が分かった。大門がある城塞部分、本来のカイン城だ。カイルは、反対側の崖にある施設に行く時か、歩哨の任務の時以外、滅多に来る事が無い区画である。

 ここの区画には、総司令部や大会議室などが設置されており、司令官の居住施設もここにあった。

 城内の警備は、司令官直属の親衛大隊が警戒にあたっており、他の大隊が勤務する場所は、城壁の頂部である歩廊のみだ。

 ここには、妖精族の上位階級が宿泊する施設もあるため、内装も豪華な装飾が施されている。そのほとんどは、ドヴェルグによって作られたものだった。


 トーリスとカイルは、衛士の一人に案内で、二つある塔の一つに通された。ここは、歩廊よりもさらに高い位置にあるため、窓が設置されている。緊急時には、見張り台の役目もしているのだ。

 部屋に入ると大きな長机が置かれており、カインライン大隊の小隊長以上の面々が集まっていた。手前の短い辺には各小隊長が座り、空いている椅子に、カイルはそこに座るように指示された。

 壁側の辺には、すでにデンスとフィオラ、セルビウスが座り、トーリスもそこに空いている席へ向かった。カイルたちと対面となる一番奥に席が一つ、窓側に二つの席が空席のままだった。いつもと違い厳粛な雰囲気が漂っている。

 カイルがこんな場所に呼ばれる心当たりが無かったので、思わず隣の小隊長に小声で尋ねてしまった。


「これから何が始まるの? なんで僕も呼ばれたのかな?」


「司令官を交えた小隊長以上の大隊会議だよ。どうやら客人もいるらしい。お前は、新兵小隊の取りまとめだろ」


「いつから僕は取りまとめになったのさ。その役目は、ボースでしょ」


「ボースは、ほら、アレだし」


「あれ? ああ、アレね」


 カイルは、謹慎中のボースの代わりに出席させられたようだ。こんな所でボースの尻拭いをさせられるとは、このカシは高く付けといてやる! と心の中で誓った。


 しばらくすると、奥にある扉から側近を数名引き連れて司令官が現れた。その後に純白のアルヴと緑の小人が続いて入ってきた。


(あれは、レナ・シーさん)


 ドクン


 カイルの胸の奥で、何かが鳴った。レナ・シーを見ていると、胸の奥がざわついている。彼女は変わらず、その双眸は閉じられていたが、視線を向けられたような気がした途端、胸のざわつきが治った。カイルは、首を傾げた。


 レナ・シーの姿をみた、ほとんどの小隊長たちはざわめいたが、中には軽く口笛を吹いた者もいる。しかし、それは司令官とレナ・シーが席に座るまでで、着席するとざわめきが治まる。

 レナ・シーが、何やら緑の小人、ゴブリンに話しかけているが、ゴブリンは首を横に振り、レナ・シーの斜め後ろに控えた。どうやらゴブリンに座るように促したのだろう。司令官は、その様子を見ていたが、ゴブリンが後ろに収まったのを見て口を開く。



「さて、全員集まった様だな。では、会議を始めるとしよう」

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