第ニ九話 射撃訓練と会議(上)
「もう! ちょっと〜これ、バランス、悪くない!」
いきなり文句を言いはじめたのは、アウレアだった。
彼女は、まだ女の子と言っても良い外見をしていた。豊かな黒髪の左右を肩にかからないあたりで切り揃え、後ろ髪は邪魔にならないように太い三つ編みにして、腰辺りまで伸ばしている。同年代の女性に比べるとかなり幼く見えるため、それを気にして団の姉さんを真似ているが、かえってそれが可愛らしく魅せているのは、公然の秘密だった。
だが、そんな可愛らしい見た目に反して、新兵の中でも上位に入るほどの戦闘技術を持っている。特に体術と射撃の腕前は、熟練戦士たちを唸らせるほどだった。
実際この射撃訓練でも、新型銃は威力が上がったことで反動が強く、撃った瞬間に銃身が上がり、初弾を外す者が多かった。そんな中、アウレアは初弾から的に当て、しかも中心付近に命中させていたのだ。
的に全弾命中させたのは、大隊全員でも数人で、フィオラも含まれていた。アウレアに比べると、なんとか当てたという成績であったが、名目躍如といったところだ。
デンスはというと……不戦敗であった。トーリスとセルビウスと共に、みんなの訓練をずっと眺めているだけで、訓練に参加していなかったのだ。
「アウレアは、すごいね。なんだかんだで全弾命中だし、僕なんか半分だったよ」
ブツブツと文句を言いながら戻って来たアウレアをカイルは賞賛して迎えた。心なしか、アウレアの顔が赤くなった気がした。
「も、もっと中心に当てられたはずよ。こ、こんな動かない的に手こずってたら、動きの速い狼たち当てられないじゃない」
「へぇ〜、やっぱりすごいなぁ、アウレアは。僕は、的に当てることしか考えて無くて、そんなの思いもしなかったよ」
「そ、そんなことより、もっと小さくて近接戦でも使える銃を造ってって、あの変な人に言っておいてよね!」
アウレアは、ますます赤らめた顔を逸らして言った。
(え、ええ〜、銃を使って近接戦って、どういうこと? 攻撃を受けない遠距離から攻撃できるから良いのに)
「やっぱり、アウレアは小さいから小さい方が良いのかな」
少し混乱していたのだろう。カイルは思わず、言ってはいけないことを口走ってしまった。その瞬間、アウレアがギロッとカイルに顔を向けた。先程の可愛らしい感じから一転、殺気だった目で睨む。
「な〜に〜、カイルもボースみたいに、あたしのこと、幼いとか思っているわけ」
「あ、いや、えっと……」
アウレアの圧力に思わずカイルは後退り、なんと言おうかと頭を悩ませていると、アウレアの大きな瞳に涙が溢れ出す。
「ひどよ〜、カイルも子供ぽいとか、そんなこと思ってたなんて……あたしだって、もっと大人っぽくなりたいと思って、一生懸命努力しているのに……ひどよ、ウゥゥ」
嗚咽を交えながら、アウレアは両手で顔を覆う。
カイルは、子供っぽいとは思っていなかったが、一向に女性らしい体格にならないことを、彼女がものすごく気にしていたのは知っていた。ここは素直に謝罪するのが懸命だと判断して、謝罪の言葉を口にする瞬間だった。
「ちょっとカイル! 何、アウレアを泣かしているのよ!」
カイルの背後から女性の怒鳴り声が聞こえた。
カイルが振り向くとアウレアの親友でもあるメイヤが、腰に手を当てて怒っていた。その後ろには、さらに数人の女性新兵たちがいた。カイルは、みるみる顔を青ざめた。
彼女たちは、新兵であっても気が強い。それはそうだ、戦士であろうとする者は、男女関係なく身心共に強靭でなければならない。厳しい選考を通った者がここに居る。しかも、カインライン大隊の女性陣は、フィオラを中心によく纏っていた。男性陣が不甲斐ないことをすると悲惨な結果が待っているのだ。
「あ、いや、その……」
「えっ! 何! 分かっているでしょうね! 副長には言っておくからね!」
メイヤは、アウレアを守るように、カイルとの間に入り引き離した。後ろにいた女性たちが、アウレアの肩を抱いて、慰めながらその場を立ち去ろうとしていた。
カイルは見た。アウレアがうつむき、顔を覆った指の隙間からこちらを見て、小さく舌を出しているのを。どうやら意趣返しのつもりらしかった。
(勘弁してよ〜)
カイルは、疼いた胃の辺りをさすりながら、ため息をついた。
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