第ニ八話 新型銃(下)

 カイルは思う。

 技術系や戦闘術など実技に関する分野は、すんなりと自分の中に入ってきて、身体が勝手に覚えてくれるため、特に問題は無かった。

 知識や理論といった、いわゆる座学という分野に難点があった。カイル自身は、特に嫌いでも苦手にしている訳ではなかったが、問題となるのが不安定な記憶力だ。ただ忘れていると一言で片付けるには、不可解な状況が多かったのだ。


 例えば、誰もが覚えているような出来事でも、記憶がザックリと抜け落ちたりする。反対に、誰も思いもしなかったことを口にする。

 発作が、影響しているのは明白だが、誰にも話していないことがある。


 以前は、夢の中の出来事と思っていた。最近では、昼間の起きている時間帯でも何かが聞こえてたり、辺りが虹色のモヤがかかったように見えることもある。アスクラやデンスに話そうと思っていても、その時にはなぜか忘れているのだ。



 フィオラは、一生懸命に講義を行なっているカイルを、感心しながら観察していた。彼女から見ても、時には詰まることもあったが、彼の教え方は特に問題はない。

 現状のように、誰かに管理される立場であれば、カイルは非常に高い能力を発揮するし、問題は最小限で止められる。しかし、逆の指揮する立場になった時には、記憶力の不備が致命的な弱点となる。

 それでも優秀な仲間がいれば、補佐してもらえるだろう。全てを一人でこなす必要はないのだから。

 カイルの成長を見守っているデンスと共に、フィオラは、彼の手助けをする者たちも育てていかねばと思っていた。




 カイルは、戦士たちの表情をみて、講習は早々に切り上げ、実技に移った方が良いとおもった。

 実際に操作を行いながら、教えて言った方が早いと思ったからだ。

 覚え方は人それぞれ違うと、カイルは自分の経験上、分かっていた。戦士たちは実技が好きだし、その方が覚えも早い。だから実技をやりながら、途中で理論を混ぜるやり方をとった。そのやり方は非常に効果的であった。もちろんデンスが伝えた巡検士隊の戦果もやる気に拍車をかけたのだろう。


 このようなところが、生産職と違う。

 生産職は理論を先行とするが、戦士たちはとりあえず使えればいい、理論は後々という考え方だ。しかも生産職の方が地位が低いため、聞き入れられることが少ない。これが軋轢あつれきを生んでいた。


 戦士たちの食糧や武器は、全て生産職が用意してくれている。戦士と生産職の垣根が曖昧だった時代には問題が無かったが、現在のように専門性が増し、それぞれ役割が明確になってくると、次第に問題が表面に出てくる。生産の専門化で生産職の力も増している。

 フィオラは、その重要性を早い段階で気付き、デンスと共に自分の大隊だけでも意識を変えることに力を注いでいる。



 カイルの講義は、実技を交えたものに変えた。

 操作をしながらの方が、おぼえやすいし、何より楽しい。しかし、安全性も考慮しなくてはならない。

 隊全員に銃と弾頭と火薬を抜いた薬莢を配った。空薬莢を配ったのは、慣れない操作をして、暴発させないためだ。


 新型銃はグリップを握ると親指の少し上に小さなレバーが付いている。これが安全装置で親指で操作が可能だ。下にずらすとロックがかかり、引き金を引いても発砲することは無い。上げることで発砲可能になる。暴発を防ぐために発砲寸前まで上げないように、カイルは強く伝えた。


 次に銃身手前の上部にもレバーが付いており、それをひねると銃が折れる。剥き出しになった銃身に弾薬を装填し、銃を元に戻してレバーを閉めると準備は完了である。そして、撃鉄を起こし、安全装置を解除する。


 後は、目標に対して照準を合わせ引き金を引く。そうすると撃鉄が落ち、薬莢のお尻にある発火薬に衝撃で火花を発生させ、内部の火薬が爆発し弾頭が射出される。


 これが一連の流れで、今までに比べると遥かに画期的であったが、世界にいる化け物には、まだまだ非力な武器であろう。

 しかし、戦士たちは非常に満足気であった。自主的に何度も何度も反復し、熟練者は狼を思い浮かべて、模擬訓練を行なっているようだ。そうすると実際に撃ってみたくなるのは、自然なことである。



 デンスは、いろいろと考えることが多過ぎて、頭が痒くなり、髪の毛をかきむしった。

 全員で射撃訓練を行うには、この訓練場は狭すぎた。そこで射撃自体は、小隊ごとに行うことにした。

 しかも完熟するには、時間も弾丸の数が足りない。多くても一人三十発。コロンの往路を考えて、少なくても十発は残しておきたい。訓練で使えるのは二十発以下だ。これは、往路では戦闘が行われないという、希望的観測の元に出した数だ。

 デンスとしては、運に任せるわけにはいかない。

 そこで、全員に十発を撃たせ、各小隊の成績の良い三名を選出し、射撃手として弾薬も訓練時間も集中させることにした。

 他の者たちは、連弩や炸裂弾を使用した訓練を行い、射撃手の補佐として弾詰めの訓練も引き続き進めていた。選考に漏れた者たちは、どのくらいの滞在になるか分からないが、コロンで射撃訓練を行えばいいだろう。


 グティエリスの話だと、現在コロンには二千人の戦士が、三十日間の射撃訓練を行なっても足りる量の弾薬が備蓄されているそうだ。さらに、火薬や弾頭、点火薬などの原材料も大量に運び込まれている。

 薬莢さえ無事であれば、再生産できるアウジリアスが数十人派遣しており、現地でも生産職の者たちへ指導を行なっている。コロンでの弾薬の再生産力は、日に日に上がっている。



「もう! ちょっと〜これ、バランス悪くない!」


 三人が、それぞれで熟考をしていると、少女の甲高い声が、訓練所に響いた。

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