第三一話 不信(上)

「さて、全員集まった様だな。では、会議を始めるとしよう」


 カイン城司令官、ヴェテリウスの開口で会議が始まった。



 ヴェテリウスは、すでに四十半を迎えており、この時代のヒト族の寿命では、老人として扱われる。いつ、寿命がつきてもおかしくなく、五十を超えることは稀であった。

 白くなった前髪をかき上げて後ろに流し、樹脂で固めている。豊かな口髭を綺麗に整え、背も高く無骨な軍服を上品に着こなしていた。

 軍服に隠れた肉体は、四十半を迎えた現在でも現役と言えるほどの筋肉を纏っていた。だが、本人は何度となく司令官職を引退しようとしていたが、後任が決まらず、そのままズルズルと年月が経ってしまった。

 戦士団が抱える問題の一つが、司令官職を務められる人材の不足だった。



「君たちも気になっていると思うので、先に紹介をしておこう。アルヴ族のレナ・シー殿とゴブリン族のアルドル殿だ。今回の作戦は、妖精族と共同で行う予定だ。その件は、後ほど行う。まずは、本日行った訓練の報告を聞くことにしよう。では、フィオラ副長、よろしく頼むよ」


「ハッ、本日、カインライン大隊は、七時から十二時の五時間にわたって、錬金術師グティエリスより、新型火薬についての講義を受講いたしました。詳しい内容は、報告書を提出しております」


 ヴェテリウスの言に応え、フィオラは席から立ち上がり報告を始める。


「うむ、先ほど読ませてもらった。それで、諸君らは苦行を受けたのだな。彼は、相変わらずのようだね。使者や交渉役をやらせると非常に優秀なのだが、研究に関しては……まぁ、大概にして欲しいところだな」


 ヴェテリウスは、一冊の薄い本を持ち上げながら、呆れて思わず本音を漏らしてしまった。


「司令官殿もあれを味わったんで」


 小隊長の一人が尋ねる。


「ああ、随分前だが、今回と同じ様に輸送任務で来城した彼が、挨拶のため面会をした時だ。ちょっとした話題のつもりで、大門の開閉に蒸気機関を使って制御したらどうか、尋ねてしまった。彼は、朝までその話をしおって、出るわ出るわ、ある意味関心したぞ、錬金術師を。新しいものを生み出すには、こんな存在でないとダメなんだろうなと思ったぞ。正直なところ、老体にはきつかった」


 ヴェテリウスが、肩をすくめると、笑いに包まれた。



「フィオラ副長、話の腰を折ってすまないな、続きを頼む」


 フィオラは、皆が笑っていることが理解できず、不可解に思いながら報告を続ける。


「はい、それでは続きまして、昼食を挟んで十三時から十七時まで、新型銃の実技訓練を行いました。その時の批評、及び、詳細を報告させていただきます」


 フィオラの報告は、簡潔で整っており、要点が分かり易く纏まっていた。カイルの周りにいる小隊長たちが、頷いていることでも分かるように、客観的に良いことも悪いことも公平に伝えて、嫌味がなく皆、納得する内容である。

 報告とは、本来そのようなものであるはずだが、なかなか上手くいかないものだ。

 ヒト族は、感情の種族でもある。他者よりも強く大きく見せたがるものだ。それゆえに、良いことや上手くいったことを誇張し、悪いことや失敗したことを過小に見せようとする。

 さらに、受け取る側の上官の問題もあった。同じ報告でも上官のお気に入りとその他で態度が変わる。それが不満を呼び、組織の機能不全を起こすきっかけとなっていた。そのような感情制御の弱さが、災いを起こして行くのだろう。



 ヴェテリウスは、アルヴのように感情制御ができ、論理的に物事を考える人物であった。カイン城では、自分と同じように論理的思考ができる人材を重用し、適材適所で各部門の運営に携わらせていた。

 また、法理の制定に力を注ぎ、戦士団の階級制度の条件を公開した。この条件を満たした者たちに重職を任せることで、公平で開かれた組織となり、戦士団は徐々に活性化して行く。その法理は、生産職にも適用されており、その効果で新たな着想が生まれ、実行されて行く。


 人は目標を明確にすると力を発揮するものだ。

 カイン城は、数ある拠点の中でも最も活発な場所となり、やがて戦士団と生産職の軋轢で、不穏な空気に包まれていた他の拠点にも伝播して行くこととなる。



 さらにフィオラの報告は進み、旧型銃との比較、新型銃の長所と短所と改善点、戦術が変化するだろうと締めくくり報告は終了した。


「……………と、新たな戦術を構想してゆくことを具申いたします」


「ご苦労フィオラ副長。なるほど、それは早急に考えなければならないね。司令部でも案を考えて行くこととしよう。では、新兵カイル」


「ヒャひい、ゴホン、失礼致しました」


 おもいっきり油断していたカイルは、ヴェテリウスの突然の呼び掛けにびっくりして、思わず奇声を上げて立ち上がった。恥ずかしさのあまり、直立不動の状態で司令官の上にある天井を見ていた。


「そんなに固くならずとも良い。グティエリスの代わりを務めてくれて礼を言う。無事、訓練を終えることが出来たのは、君のおかげだ」


「いえ、戦士の一人として当然の事をしたまでです」


 カイルは当たり障りのない返答をしたが、デンスの冷たい視線を感じた。


(ウウ、デンスの視線が痛い。あれはきっと『あれだけごねたくせに、何カッコつけているんだ』って思ってるね)


「君と会うのは初めてだが、デンス大隊長からよく聞いているよ。ああ、もちろん、あの件もあるからね。いやいや、心配しなくてもよろしい。有能な人材を更迭するほど、私は愚かではないよ。それは、後ほど話そう」


 身をこわばらせたカイルを安心させるように、ヴェテリウスは微笑んだ。

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