第ニ四話 闇の囁き(下)

「まずは、カイル君も関わることだから、新型の火薬を見せよう」


 グティエリスは、厳重に固定されている箱から、さらに小さな箱を取り出す。馬車の振動で影響が出ない様に、その様な複雑な作りをしているのだろう。その箱から小さな瓶を二つ取り出す。瓶は透明で、それぞれ黒と白の粉末が入っていた。


「この黒いのは、今までの火薬だね」


「そう、これは湿気に弱く、管理が非常に難しかった。爆発力も弱いから弾の威力も弱い。だから個体によっては、まるで効き目が無いこともある」


 カイルは、その説明を聴きながら、うんうんと相槌を打つ。


「そして、これが新型の火薬だ。これは、原材料を変えたことで、湿気にかなり強くなった。もちろん完全に濡らすとダメだけれどね。それを可能にしたのは、これだ」


 グティエリスは、別の箱からさらに小さな瓶を取り出した。中には無色透明の液体が入っている。彼は、吸引器を取り出すと、ほんの少しだけ液体を吸いとり、机の上に一滴だけ落とす。



 ポンッ



 乾いた音が馬車の中に響く。さすがにカイルもビックリして後ずさる。


「この液体は、不安定で衝撃を与えるとすぐに爆発してしまう。試行錯誤しながら他の薬品と混ぜ合わせると安定して、湿気にも強く爆発力も上がったこの火薬が出来たんだ。それを見つけるまで、ノックスの研究所は半壊してしまったけどね。ハハハッ」


 グティエリスは、笑いながら頭をかいた。


(うわっ、まともな人かと思ったけど、やばい人だ。研究所を半壊って、それを笑って誤魔化すかな〜。みんなが妙に避けたり、関わらないようにしていた意味がわかった気がする)


 カイルは、この後、どうなるのか不安になって青ざめたが、まだ本命を見ていなかったので、何とか耐えていた。



「この新型の火薬を使って造られた弾丸と、それに対応した銃だ」


 新型銃は、旧型に比べると太くて短くなっていた。カイルは、実際持ってみると重さはそれほど変わらないが、短くなった分、扱いやすくなっていた。

 弾丸は、親指より少し大きく、円柱形の金属に球体の鉛が付いている仕様で、円柱の金属の内部に火薬が入っている。それを薬莢といった。

 鉛玉の反対側に撃鉄を当てると内部の火薬が爆発し、その勢いで鉛玉が飛び出していく。火薬は密閉されており、火も使う必要が無いので、雨であっても使用可能だった。

 銃の取り扱い方も非常に簡単で、安全装置も組み込まれており、緊迫した状況でも暴発させることは減るだろう。

 と、ここまでの話で、すでに数時間が経過していた。グティエリスの表情は艶やかになっており、反比例するかの様にカイルはグッタリしていった。



 薬莢製造の話は良いだろう。現在の製造技術では、製造が大変なのは分かった。火薬の話もそうだ。今までより強力で発火しやすい。取り扱いには厳重に注意が必要だし、今後工夫していけば、もっと画期的な兵器や機材が生まれてくるだろう。

 しかし、この鉱物はどこで採れて、どの様に加工して、どの薬品を掛け合わせて、しかも成功までの道のりと失敗の数々、誰の案でその感想など、部品一つ一つに至りそうな勢いで、グティエリスは説明していった。

 一部隊の戦士たちにそんな話をして、どうすんじゃ。流石のカイルも思わず聞いてしまった。


「あ、あのう、グティさん。それを明日、皆んなに話すんですか」


「え、そうですよ。楽しいでしょ。新しい技術が生まれた物語は」


 グティエリスは、悪ぶれない満面の笑みで答えた。


「い、いや、銃と弾丸の取り扱い方だけで良いですよ。物語は別の機会にしましょう。ほら、出発前で、みんなもやることが多いし、僕も手伝いますから早めに終わらせましょう」


「そうですね。戦士の方々はこれからが本番ですものね。分かりました。物語は、皆さんが無事に帰ってきた時の楽しみにしましょう」


 グティエリスは、少し残念そうにしていたが、輸送隊の指揮を任されるだけあって、直ぐに理解した様だ。と、カイルはこの時はそう思っていた。この後二人は、明日の講習の打ち合わせを少ししてから、カイルは居住区に戻った。



 ◆



 すでに夜がふけ、居住区は静けさを取り戻していた。


 くぅ〜


 お腹の虫が鳴いた。

 いつもなら食事をして、寝ている時間帯だ。


「ふぁ〜」


 大きくあくびもしてしまった。

 そして、またお腹が鳴った。


 眠気も襲ってきたが、空腹も耐え難かった。カイルは、少し迷ったが、食堂に向かうことにした。空腹で夜中に目を覚ましそうだったからだ。

 少しドキドキしながら食堂に入って行ったが、さすがに隊の面々は誰もいなかった。


(今日は、ここから始まったんだよね。酷かったなぁ)


 思わず思い出して、くすりと笑ってしまった。


 軽い食事を終えると部屋に向かった。途中、洗面所で顔を洗ってから部屋へ入ると、すでに同居人たちは、いびきをかいて深い眠りについていた。カイルもベットに潜り込むと、すぐに眠気が襲ってきたが、今日一日の出来事が思い浮かぶ。


(今日は、濃い一日だったな)


『ほう、なかなか充実していたんだな』


(たくさんの人と会って、話して楽しかった)


『それは、よかったわね』


 ふと、美しい白いアルヴが、思い浮かぶ。


(確か、レナ・シーさんって言ったな。星屑の守護者)



 ドクン



 突然、心臓が強く鼓動した。


(彼女とは、何処かで会った様な…気がする。……いつ、どこで……)


 カイルはまどろみの海へと、深く潜って行く。

 最後に声が聞こえた。


『彼女は…』

『お前を…』『貴方を…』



『『殺す者!』』



 そして、カイルの意識は、闇へ落ちた。

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