第ニ五話 まどろみからの警告(上)
朝からカイルは疲れ切っていた。
なぜか、気分もどんよりしており、日課にしている朝の自主練も少し走った程度で済ましてしまった。
いつもより長めに風呂に浸かっていたが、それでも気分が晴れず、食事も進まなかったのだ。
こんなことは、初めてでカイル自身も戸惑っていたが、昨日グティエリスに約束してしまった手前、律儀にも講習の準備を手伝っていた。
訓練場には、木箱が山積みにされている。
先程まで、ガガルゴとアウジリアスたちが、新型銃と弾丸の搬入を行っていたのだ。巻き込まれまいとし、搬入が済むとそそくさと立ち去ってしまった。入れ替わりに、大隊の面々が集まってきた。
今日の特別訓練は、午前中に格納庫の一つを使って、グティエリスの講習を行い、昼食後に訓練場で実弾訓練を行うことになっている。
午後には、別の隊の非番の者も多く押しかけてくるに違いない。カイン城で、この銃が支給されるのは初めてだ。徐々に他の隊でも支給されるが、どんなものか知りたくなるのは人の
気が早い者は、こっそりと紛れていたりする。
「よう、カイル。準備はどうだ」
デンスが、フィオラを伴って歩いてくる。
「まあ、カイル。大丈夫なの。目の下のクマが凄いわよ。顔色もよくないし、アスクラ先生に見てもらった方がいいんじゃない」
フィオラが心配そうに見つめてくる。
「わっハハハ、フィオラ! 野暮な事を言うんじゃねぇよ。カイルも年頃なんだ。昨日は、頑張っちゃったんだろうさ……って……。む、ほんとにお前、大丈夫なのか」
デンスが、カイルに肩を回してからかおうとしたが、いつもの反応が無い事に、本気で心配になった。
「う〜ん、なんか…今日は、気分が乗らないんだよね。何でだろう。別に体調が悪い訳じゃないし、大丈夫だよ」
いつもならこのような催し物は、一番盛り上がっているはずなのに、どこかしら、ぼうっとしているカイルを見て、デンスとフィオラは、顔を見合わせる。
「そういえば、ボースが見かけないね。アウレアは、あ、いた」
遠くで、まだ女の子と言っても良さそうな姿をしている女性戦士が、手を振ってこっちに向かってこようとしていたが、周りにいた同僚に促されて、しぶしぶ席へ向かった。
「あー、ボースは…」
「ゴホン、ボースはね、こないだの罰で、重労働をしてもらっているわ」
デンスを遮って、フィオラが代わりに答える。
「ヘェ〜、そうなんだぁ〜。あっ、グティさんが来たから、僕行くね」
ボースの事に反応が薄く、グティエリスが現れたので、カイルは役目を果たしに走って行ってしまった。
「本当に、大丈夫なのかしら」
「ボースは、関係ないようだな」
二人は、カイルの発作の引き金が、ボースにあるのか疑っていたのだ。だが、あまり露骨にやり過ぎるのも別の問題が生じると思い、今日は二人をなるべく合わせないようにして、ボースには別に待機してもらった。もちろん、こないだの騒ぎの原因としての懲罰的な意味もある。
「ただ単に、寝不足じゃないのか。昨日もグティエリスに捕まって、遅かったようだし、その前はお前のせいだし」
「なに、私が悪いわけ、そもそもの原因を作ったのは、あなたでしょ!」
「あ、ほらほら始まるぞ! 席に着かなきゃな」
藪蛇だった。デンスは、冷や汗をかきながら、口を尖らせているフィオラの背中を押して、席へ向かった。
◆
講習を行う格納庫は、それほど広くはない。百人もの人が入るには狭過ぎる。少しでも空間を活用する為に、机と椅子を使うのは、小隊長以上の幹部とした。しかも壁側に配置して、真ん中に空間を作る。
そこへ入った者たちは、前から順に詰めて、床に座ることとなる。それでも後ろの者は、格納庫から若干名あぶれていた。
格納庫は密閉された空間のため、音が響く。しかも、グティエリスの声は、よく通り後ろの者たちにもよく聞こえた。
「大隊の皆さん、ご紹介します。彼はこの度、新型銃と弾薬を輸送してくれた、ノックスの錬金術師であるグティエリスさんです。今回は、彼がこの銃の取り扱いを説明してくれます」
今日のカイルは、明らかにおかしかった。手伝うと約束したが、それは準備や途中で必要な道具を手渡す役目で、進行役は本来デンスが行うはずだった。
個人的に多くの人と出会い会話を行うことは、見聞を広め、技術力の向上に大変寄与するので、カイル自身もとても好んでいた。
しかし、このような大人数の前で話すことは、たとえ補佐であっても普段のカイルであれば引き受けなかったであろう。それくらい今日のカイルは、心がここにあらず、言われたことをそのまま行動に移していた。
デンスも気が付いていたが、めんどくさい仕事を肩代わりしてくれるので、そのままやってもらうことにした。
「ご紹介いただきましたグティエリスです。私は、何度かこのカイン城へ足を運んでおりますが、戦士の皆さんとお会いするのは、これが初めてですね。私の専門外の部分もありますので、滞ることもあるかと思いますが、どうかご容赦ください」
グティエリスが、話し始めると黄色い声が湧き上がる。無骨な男たちを見慣れた女性戦士たちにとっては、身だしなみに気を遣い、線の細さがとても新鮮だったのだろう。さらにアルヴを思い起こす様な丁寧な言葉遣いが、多くの女性たちの心を掴んだらしい。
アルヴには近寄り難い雰囲気があるが、同族であるグティエリスには身近に感じることも作用しているだろう。滑り出しは順調であった。
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